木口雄司(高射学校長・陸将補)|第32期・陸上自衛隊

木口雄司(きぐち・ゆうじ)は昭和40年3月生まれ、神奈川県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第32期の卒業で幹候69期、出身職種は高射特科だ。

平成30年3月(2018年3月) 陸上自衛隊高射学校長兼ねて下志津駐屯地司令・陸将補

前職は陸上自衛隊開発実験団長であった。

なお、高射学校長としての指導方針は以下の通り。

【学校長統率方針】
「将来の高射特科を担う人財の育成」

【要望事項】
「融和団結」

【駐屯地司令要望事項】
「明るい駐屯地」
「美しい駐屯地」
「誇れる駐屯地」


(画像提供:陸上自衛隊下志津駐屯地公式Webサイト


(画像提供:陸上自衛隊下志津駐屯地公式Webサイト

2018年9月現在、陸上自衛隊高射学校長兼ねて下志津駐屯地司令を務める木口だ。

高射学校は近年、我が国を取り巻く安全保障環境の中で存在感を大きくしている高射特科の教育機関であり、また戦術研究を行うなど、重要な役割を果たす。

今後はさらに、その役割を拡大させることが確実であり、我が国の国防全体の中での重要性は増すばかりだ。

そのようなこともあるのであろうか、木口の前任である学校長、藤田浩和(第28期)は、高級幹部としては異例となる3年間の在任期間を終えると、陸将に昇任。

そのまま陸上総隊司令部の初代幕僚長に着任するなど、我が国の「大駒」とも言えるこの精鋭部隊にかかる運用を任される、非常に重要なポストに転じた。

なおかつ2018年9月現在ではあるが、その陸上総隊で司令官を務める住田和明(第28期)も高射特科の出身だ。

さすがに、諸職種混合で総合力を発揮する陸上総隊の司令官と幕僚長がともに高射特科出身なのは、やり過ぎな気もするが、取り合わせのタイミングもあったのだろう。

いずれにせよ、国防の中心で指揮を執る職種として、その存在感を増し続けていることだけは間違いない。

ではなぜ、その高射特科の重要性が高まり続けているのか。

その大きな要因は、我が国の国防の最前線である、南西方面の島嶼部にある。

2018年現在で、現実的な局地戦の可能性を抱えており、なおかつ軍事的圧迫を受け続けているのは、南西方面の島嶼部だ。

沖縄の尖閣諸島周辺では、連日のように武装した中国人民解放軍の艦船が遊弋し、領海侵犯も頻繁に繰り返す。

このような状況にあり陸上自衛隊は、射程が最大300kmともされる12式地対艦誘導弾を同方面に展開させ、万全の護りを固めつつある。

さらに宮古島や石垣島に陸上自衛隊の新たな駐屯地を建設し、南西方面の防備を盤石なものとするため、鋭意その幹部曹士を鍛え、装備を磨いている真っ只中だ。

そしてこのような離島防衛で重要になるのは、高射特科が受け持つ防空戦闘である。

離島はその特性上、空対地ミサイルや弾道弾による攻撃を集中的に受けることで、無力化される恐れが高くなる。

空港やヘリの離発着施設が破壊されれば、同時にロジスティックスも破壊され、またどれほど強力な威力を誇る12式地対艦ミサイルも沈黙せざるを得ず、あらゆる反撃の手段を封じられる。

そのような時に、基地機能を維持し、有効な反撃手段を確保するために防空能力を発揮するのが、高射特科だ。

これら南西方面における離島防衛が国防の中心となっている昨今の状況では、防空能力が重視されそれを担う高射特科の役割が高まっているのは、必然の流れであると言ってよいだろう。

いわば「究極の盾」とも言えるミサイル職人集団であり、高射特科部隊にかかる期待値は、かつて無いほどに高まっている。

ではそのような時代に、高射特科の教育の要である高射学校長に着任した木口とは、どのようなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。

少し詳細に、その経歴を追っていきたい。

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