住田和明(すみだ・かずあき)は昭和36年10月6日生まれ、山口県出身の陸上自衛官。
防衛大学校第28期の卒業で幹候65期、出身職種は高射特科だ。
令和元年8月23日(2019年8月23日) 陸上総隊司令官・陸将のポストを最後に退役することが決まった。
前職は東部方面総監であった。
なお、陸上総隊司令官としての、自衛官人生最後の指導方針は以下の通りであった。
【統率方針】
即動必遂
(画像提供:陸上自衛隊東部方面隊公式Webサイト あずま1003号)
(画像提供:陸上自衛隊陸上総隊公式Webサイト 着任式行事)
2019年8月、その人生を我が国と世界の平和に捧げ続けた自衛官がまた1人、自衛隊を去る。
第2代陸上総隊司令官として、厳しい安全保障環境の中で指揮を執り続けた住田和明(第28期)だ。
第37代陸上幕僚長の最有力候補として注目され続けていた幹部であり、陸上自衛隊の人事に関心がある者であれば誰でも、住田が着任すると信じて疑っていなかっただろう。
実際にそれだけの実績を誇り、また大仕事を成し遂げてきた最高幹部であった。
住田が陸上自衛隊に入隊したのは、昭和59年。
第8高射特科大隊長(北熊本)、第8高射特科群長(青野原)、第1高射特科団長(東千歳)と各地の高射特科部隊で指揮を執り、また第2師団長(旭川)、統合幕僚副長(市ヶ谷)、東部方面総監(朝霞)と、絵に描いたような出世コースを駆け上がってきた。
中央(陸上幕僚監部)でも、防衛部防衛課防衛班長、防衛部防衛課長、防衛部長と、エリートの代名詞である「3防」を歴任。
そして東部方面総監の後職として、有事の際には我が国の陸上戦力を一手に指揮する可能性がある陸上総隊司令官に着任した。
あらゆることに完璧な任務を成し遂げてきた住田にとって、これ以上はない最後の補職であったと言ってよいだろう。
なお、これは前回の更新の時にも書いたことだが、住田は決して「陸上幕僚長になり損ねて」退役をするのではない。
指揮官として最後まで現場にあり、現場にこだわったポストで自衛隊を去る、最高の名誉を国家から与えられた幹部だ。
市ヶ谷で退役の時を迎える陸上幕僚長も、確かに盛大な離任式が開催される。
しかしやはり、そのポストは指揮官(総理大臣)の幕僚としてのものだ。
現場の幹部曹士に見送られ、指揮官として部隊を離任する栄誉は、自衛官としては格別なものがある。
なおかつそのポストが、陸上総隊司令官としての離任式であり、退役の行事であればこれ以上の名誉があるだろうか。
そんな名誉ある最高幹部の活躍に、最後まで注目してほしいと願っている。
住田陸将、本当に長い間お疲れさまでした、ありがとうございました。
厳しい安全保障環境の中で、日本と世界の平和のために尽力をし続けてきたその崇高な人生を、多くの国民が忘れることは無いでしょう。
そしてそのご活躍を支え続けたご家族もまた、私たちの誇りであります。
本当にありがとうございました。
新たに始まる、住田陸将とそのご家族様の新しい人生も、自衛官人生と同等以上に充実したものとなりますことを、心からお祈り申し上げています。
(2019年8月16日 最終更新)
◆以下、2019年6月までに更新した記事
**********
誰もが、第37代陸上幕僚長には、この男が着任すると信じて疑わなかったのではないだろうか。
陸上総隊司令官を務める住田のご紹介だ。
2018年3月に実施された陸自大改革で、中央即応集団を発展的に解消し生まれたばかりの組織において、2代目の指揮官を務める。
第1空挺団や第1ヘリコプター団、中央即応連隊、水陸機動団、特殊作戦群といった我が国を代表する精鋭部隊を率いて、有事の際にはどの部隊よりも早く敵性勢力に殴り込みをかける事を任務としている。
またシステム通信団、中央情報隊、中央特殊武器防護隊、対特殊武器衛生隊といった後方支援部隊の精鋭も直轄しており、命令一下、あらゆる有事に直ちに駆けつける能力を誇っている。
加えて、国際活動教育隊も直轄するなど我が国の国益に直結するあらゆる任務を担当する組織だ。
さらに陸上総隊には、有事の際に2つ以上の方面隊を隷下に収めて指揮を執る事ができる役割も初めて与えられた。
いわば、航空自衛隊の航空総隊、海上自衛隊の自衛艦隊にも相当する組織であり、誰もが住田を、次の陸上幕僚長にもっとも近い最高幹部であると予想していただろう。
そしてその住田も、知見、キャリア、実績・・・あらゆる意味で陸上幕僚長に着任してもなんらサプライズではない男であった。
だからこそ、多くの軍事評論家や専門誌なども、住田の昇任を予想していたが、フタを開けてみれば第37代陸幕長には湯浅悟郎(第28期)が着任し、28期組の最高幹部人事はこれで全て終了した。
後は、2019年夏の将官人事で湯浅を除く28期組全員の、退役を待つばかりとなった。
とても寂しいことだが、我が国と世界の平和の為に人生の全てを掛け、貢献し続けてきた自衛官がまた一人、間もなく自衛隊を去る。
おそらく残り1ヶ月程のことだろう。
だからこの時期に、住田をはじめとした28期組の最高幹部は余すことなく、最後のご紹介をしたいと願っている。
では、住田とは「陸上幕僚長になり損ねた幹部」なのだろうか。
私(管理人)は決して、そうは思わない。
これは、海上幕僚長着任が有力視されながらも、自衛艦隊司令官のポストを最後に退役となった山下万喜(第27期)・元海将の際にも強調させて頂いたことだが、改めて記したい。
自衛隊では近年、統合幕僚監部の役割がますます高まりつつある。
言い換えれば、陸海空がそれぞれに任務を果たすのではなく、統合作戦が重視されているということだ。
その流れの中で、自衛隊には陸海空の全軍を統べる、統合司令官ポストの新設が検討されている。
とはいえもちろん、自衛隊の最高指揮官は内閣総理大臣なので、いわば
内閣総理大臣=CEO(最高経営責任者)
統合司令官=COO(最高執行責任者)
という位置づけになるだろうか。
統合幕僚長は文字通り、内閣総理大臣の参謀として意見具申はするが、実際に指揮命令をするのは統合司令官となる。
そして自衛隊にはやはり、幕僚よりも指揮官ポストを重く見る文化がある。
どれほど小さな組織であっても、長、隊長、連隊長、司令、司令官、総監といった役職に特別な意味を見出す。
言うまでもなく、部下と組織を預かり、国家を代表して実力部隊を率いる責任を与えられるからだ。
つまり、陸上幕僚長として市ヶ谷に行き、「幕僚」として自衛官人生の最後の任務を終えるのか。
「陸上総隊司令官」として最後まで現場にあって、隷下部隊に見送られながら退役の時を迎えるのか。
そのどちらが幸せだろうか、ということだ。
未だ実現していない統合司令官のポストで退役できるのであれば、それは間違いなく最大の名誉だろう。
しかし、今現在の自衛隊の人事の運用であれば、指揮官ポストのままで長かった自衛官生活を終えることには、実は陸幕長になる以上に、大きな名誉があるのではないか。
そのように思えてならない。
世間的には、もちろんそんな評価は誰もしていないことは理解している。
しかし私(管理人)には、住田が現職を最後に退役をすることは、最高に名誉あることだと思っている。
住田は決して、「陸上幕僚長になり損ねた陸将」ではない。
「第2代陸上総隊司令官として退役する、国家から最高の栄誉を与えられた陸将」である。
ぜひ、読者の皆さんにはこの価値観を共有して頂ければ嬉しいと思っている。
では改めて。
そんな住田とはどのような凄いキャリアを歩んできた幹部なのか。
最後にもう一度、振り返ってみたい。
その住田が陸上自衛隊に入隊したのは昭和59年3月。
1等陸佐に昇ったのが平成15年1月、陸将補に昇ったのが21年7月、陸将に昇ったのが27年8月であり、その全てで1選抜(1番乗り)となるスピード出世であった。
幹部自衛官として、人事規定上最速の昇任で陸将まで昇り詰めた。
(画像提供:陸上自衛隊陸上総隊公式Webサイト 着任式行事)
原隊(初任地)は、下志津駐屯地に所在する高射教導隊であり、同地で初級幹部として、厳しい自衛官生活のスタートを切った。
その後職種部隊では、大隊長ポストを北熊本に所在していた第8高射特科の大隊長で、連隊長相当ポストを青野原に所在する第8高射特科群長で上番。
さらに将官に昇任後、我が国最大の高射部隊の一つである、東千歳に所在する第1高射特科団長など、高射特科出身の幹部として、あらゆるエリートポストを歩み続けた。
また中央では、陸上幕僚監部では防衛部防衛課防衛班長、防衛部防衛課長、防衛部長のいわゆる「3防」を歴任。
なお「3防」とは自衛隊において、「参謀」に掛けて、エリートの代名詞とも言われるキャリアだ。
さらに統合幕僚監部では、統合幕僚副長として、我が国が極めて厳しい安全保障環境に直面していた状況下で全軍を統べる次席の責任者として辣腕を発揮。
また師団長ポストでは、対ロシア戦闘の最前線である第2師団長を務め、また方面総監ポストでは、首都圏の防衛に責任を担う東部方面総監を担った。
そして平成30年8月、第2代となる陸上総隊司令官に着任し、我が国が直面するあらゆる有事に常に目を光らせている。
これ以上の知見を持った幹部はいないであろう、全自衛隊を代表する最高幹部の一人である。
では最後に、その住田と同期であり、間もなく退役を迎えるであろう28期組の陸将の顔ぶれを改めて確認しておきたい。
我が国と世界の平和に貢献し続けていた将星であり、湯浅を除く4名は、2019年夏の将官人事で退役することが確実な最高幹部だ。
湯浅悟郎(第28期)・陸上幕僚長(2019年4月)
住田和明(第28期)・陸上総隊司令官(2018年8月)
田浦正人(第28期)・北部方面総監 (2017年8月)
岸川公彦(第28期)・中部方面総監 (2017年8月)
岩谷要(第28期)・教育訓練研究本部長(2017年8月)
※肩書はいずれも、2019年6月現在。
※( )は現職着任時期。
湯浅を除く4名は、全員が陸上幕僚長に着任してもおかしくはなかった、凄い幹部たちであった。
誰一人として、湯浅に劣っていたわけでもなく、また優れていたわけでもなく、ただ時の巡り合わせと、わずかばかりの運でトップに昇ること無く退役するだけである。
そして最後に、改めて。
住田は決して、「陸上幕僚長になり損ねた陸将」ではない。
「第2代陸上総隊司令官として退役する、国家から最高の栄誉を与えられた陸将」である。
ぜひ、読者の皆さんには最後までその活躍を応援して頂ければ嬉しいと思っている。
※文中、自衛官および関係者各位の敬称略。
(画像提供:陸上自衛隊陸上総隊公式Webサイト 着任式行事)
◆住田和明(陸上自衛隊) 主要経歴
昭和
59年3月 陸上自衛隊入隊(第28期)
60年3月 高射教導隊 (下志津)
平成
7年1月 3等陸佐
7年3月 陸上幕僚監部防衛部(檜町)
10年7月 2等陸佐
13年3月 第8高射特科大隊長(北熊本)
14年8月 陸上幕僚監部防衛部(市ヶ谷)
15年1月 陸上幕僚監部防衛部防衛課 1等陸佐
15年8月 幹部学校付防衛研究所一般課程
16年8月 陸上幕僚監部防衛部防衛課防衛班長(市ヶ谷)
18年12月 第8高射特科群長(青野原)
20年3月 陸上幕僚監部防衛部防衛課長(市ヶ谷)
21年7月 陸将補
22年3月 第1高射特科団長(東千歳)
23年8月 中部方面総監部幕僚副長(伊丹)
25年8月 陸上幕僚監部防衛部長(市ヶ谷)
27年8月 第2師団長(旭川) 陸将
28年7月 統合幕僚副長(市ヶ谷)
29年8月 東部方面総監(朝霞)
30年8月 陸上総隊司令官(朝霞)
令和
元年8月23日 陸上総隊司令官のポストを最後に勇退
警察でも警察庁長官よりも、、警察官最高階級である警視総監の方が人気があるのと一緒でしょうか。
警視総監は警視庁の最高階級ですので、ちょっと違うと思います。
警察組織には詳しくないのでわかりませんが、現場に生きる事にやりがいを感じている自衛官は、やはり現場指揮官として制服を置くことに誇りを感じているようです。
そんな生き方を含めて、ぜひ応援してください!