田浦正人(たうら・まさと)|第28期・北部方面総監

田浦正人は昭和36年12月2日生まれ、長崎県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第28期(機械)の卒業で幹候65期、出身職種は機甲科だ。

平成29年8月(2017年8月) 北部方面総監・陸将

前職は第7師団長であった。

なお北部方面総監としての指導方針は以下の通り。

【方面総監要望事項】

よく考えて、前へ!

(画像提供:陸上自衛隊北部方面隊公式Webサイト

(画像提供:陸上自衛隊北部方面隊公式Webサイト

2019年6月現在、我が国で最大の勢力・火力を誇る北部方面隊を率いる、北部方面総監を務める田浦のご紹介だ。

先日来、この夏の将官の人事異動で退役となることが確実な28期組の最高幹部の最後のご紹介をさせて頂いてきたが、田浦がその最後となる。

長年に渡り、我が国と世界の平和に人生のすべてを捧げてきた自衛官が、また一人自衛隊を去ろうとしている。

その最後の記事の更新にあたり、心からの敬意と感謝を込めて、筆を進めていきたいと考えている。

さて早速だが、田浦はその実績もさることながら、不思議な魅力のある将官であった。

上記の写真を見て頂ければおわかり頂けると思うが、そもそも自衛隊の高級幹部で、プロフィール写真に笑顔で収まる最高幹部はほとんどいない。

皆が皆、判で押したように怖い顔で、威厳に溢れた顔で「指揮官の紹介」ページに登場する。

加えて、地べたに這いつくばった写真を公開するような指揮官もまず居ないが、田浦は普通にそれら写真を公式サイトで公開した。

思うに、部隊の広報や幕僚からも、指揮官紹介の写真撮影に際しては、注文が入るのだろうか。

いろいろと制約が多い世界であろうことは想像に難くないが、そんな中でこれほど魅力的な写真を公開できる指揮官を、私(管理人)はほとんど知らない。

唯一、海上自衛隊で護衛艦隊司令官を務める湯浅秀樹(第30期)が、掃海隊群司令であった時にそのプロフィール写真に、満面の笑顔で写っていたことを覚えているのみだ。


(画像提供:海上自衛隊掃海隊群公式Webサイト

しかも、「笑う門には福来たる」であり、明らかに確信犯(故意犯)である(笑)

これは、湯浅のご紹介ページでも書かせて頂いたことだが、もし本当に我が国で有事が発生した際に。

余裕のない表情で部隊指揮を執る指揮官と、余裕のある表情で最前線にも顔を出す指揮官の、どちらを頼もしいと思うだろうか。

誤解を恐れずにいうと、指揮官は極論、神輿である。

日露戦争の際の大山巌-児玉源太郎のコンビを出すまでもなく、大軍を率いる指揮官とは泰然自若として、ただ全軍を俯瞰し、重大な決断を下し、結果責任に覚悟を持つ神輿であればいい。

そんな中で、指揮官が不安そうな顔をしていれば、それだけで部隊の戦闘能力・作戦能力は低下し、我が国は戦う前から敗れ去るだろう。

そういった意味で田浦は、我が国の最後の砦である北部方面隊を率いるのに、もっともふさわしい将官であった。

後述するが、田浦の自衛官人生は常にハードであり、余裕のある任務は全く無かったはずだ。

時にはギリギリの厳しい決断を下したこともあったはずだが、私(管理人)はこれまで、田浦のことを悪く言う関係者にお会いしたことがない。

お会いした自衛官、元自衛官の方が皆、田浦への敬意を語り、そしてそのお人柄を嬉しそうに話してくれた。

そんな田浦の信念が見えるようで、冒頭のプロフィール写真はぜひ、最後にもう一度ご紹介しておきたかった一枚である。

では、そんな田浦とはこれまで、どのような自衛官人生を歩み北部方面総監にまで昇り詰めたのだろうか。

最後にもう一度、その自衛官人生を振り返ってみたい。

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