伊與田雅一(第10普通科連隊長・1等陸佐)|第36期・陸上自衛隊

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伊與田雅一は昭和45年1月12日生まれ、高知県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第36期(応用化学)の卒業で幹候73期、職種は機甲科だ。

 

平成30年3月(2018年3月) 第10普通科連隊長兼ねて滝川駐屯地司令・1等陸佐

前職は中部方面総監部防衛部訓練課長であった。

なお、第10普通科連隊長としての指導方針は以下の通り。

 

【連隊長統率方針】
「有事即応、初動全力」

【連隊長要望事項】
「一丸」
「持てる力を使いこなせ」

【駐屯地司令要望事項】
「住み易い営内、勤務しやすい職場、愛着の湧く駐屯地」
「郷土に信頼される駐屯地」

(画像提供:陸上自衛隊滝川駐屯地公式Webサイト

(画像提供:陸上自衛隊滝川駐屯地公式Webサイト

2019年2月現在、第10普通科連隊長兼ねて滝川駐屯地司令を務める伊與田だ。

滝川駐屯地は北海道西部の内陸で札幌の北東、留萌駐屯地の南東、名寄駐屯地の南西に位置する。

北海道有数の豪雪地帯として知られ、冬の寒さは道内でもとりわけ厳しい自然環境に所在する駐屯地だ。

 

ところで、上記1枚目の写真だが、これはどうみても16式機動戦闘車に見える。

第10普通科連隊は、その装備品として機動戦闘車を持ち合わせていないはずだが、実は間もなくとなる2019年3月に、即応機動連隊に生まれ変わる予定だ。

画像には、特にどのようなシーンであるのか説明がなかったのだが、おそらく即応機動連隊に生まれ変わるに先立って納品された16式機動戦闘車の、入魂式の様子なのだろう。

伊與田が現職に着任したのは2018年3月であったので、おそらくこのまま、最後の第10普通科連隊長となり、初代となる第10即応機動連隊長ということになるのではないだろうか。

 

その即応機動連隊について。

この部隊は、2018年3月の陸自大改革から導入された陸自の大きな組織改編の一つであり、普通科連隊をベースにして、野戦特科、機甲科、それに先に発足した部隊では高射特科の小隊も加わった、各種戦闘職種からなる混成部隊となっている。

有事の際の臨時編成ではなく、常時諸職種混成で編成されるが、機甲科は主力戦車ではなく8輪で時速100kmの高速走行が可能な機動戦闘車を。

野戦特科はFH-70などの大口径の野砲ではなく、運搬が容易で直ちに展開が可能な120mm迫撃砲で武装するなど、非常に高い機動力を誇るのがその特徴だ。

これは、2019年現在の陸自の想定すべき有事が、対ロシアを相手とした正面戦闘ではなく、対中国を想定した南西方面の島嶼部における戦闘であることによる。

これら島嶼部においては、その戦場がいずれの島であれ、一旦敵に上陸され橋頭堡の構築を許してしまうと、その排除は極めて困難となる。

つまり、戦闘初期において軽武装であっても高機動力の部隊で要衝を確保し、もしくは敵の排除を行えるかどうか。

それが今の陸上自衛隊にとって、もっとも求められる能力であり、このような安全保障環境に対応した結果生まれた部隊ということになるだろう。

 

またご存知のように、現在陸上自衛隊の予算は極めて厳しいことになっており、野戦特科や機甲科を中心にその装備は削減の一途を余儀なくされている。

それでいながら、戦闘力を維持向上させ有事に対応するためには、戦力の集中と機動力の向上以外に解決策は残されていない。

そのような時代の要請から生まれた即応機動連隊ということになるが、この滝川の地に新たに生まれる第10即応機動連隊もまさに、我が国の命運を直接握ることになる、極めて重要な部隊となるだろう。

その組織づくりの最後の大仕事を任され、そして初代連隊長に着任するであろう伊與田にかかる国民からの期待は極めて大きく、担っている責任は非常に重い。

 

では、そんな重責を任された伊與田とは、これまでどのようなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。

少し詳細に、その経歴を見ていきたい。

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2件のコメント

陸自ヘリ事故で坂本師団長他幹部と同乗していたと報道で知りました。
宮古島駐屯地司令として着任幹部への説明任務だったのでしょうか。
本当に心から心から無事を願ってます。
と同時に事故原因の調査と再発防止を願います。
特に幹部のまとまった行動について考えるべき点があったのでは… 素人考えですが。

ご搭乗されているそうですね。
素晴らしい幹部であるとお聞きしているだけに、本当に心配でなりません。
皆様の無事のお戻りを心から信じております。

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