自衛隊と自衛官はなぜ、あれほどまでに組織を精強に維持できるのか。
不思議に思ったことはないだろうか?
考えても見て欲しい。
一般人の感覚では、始業の30分前に会社に出勤することを強要されればそれだけでストレスを感じる。
寝ているところをいきなり叩き起こされて「今から仕事だ」などと言われたら、きっと大騒ぎになるだろう。
しかし自衛官は、課業中はもちろん休暇中であろうが、一度任務を下令されれば直ちに仕事モードに切り替わる。
東日本大震災、熊本地震、西日本豪雨、胆振東部地震・・・
その全ての現場において、自衛官は寝食を忘れ、人命救助のために危険地域に飛び込むことを自ら志願した。
前北部方面総監の田浦正人(第28期)は、胆振東部地震の現場を振り返り、
「私は隷下部隊に『頑張れ』と言ったことは、一度もありません。」
「それどころかむしろ、危険な任務を志願する隊員の安全管理だけが、私の仕事でした」
と、メディアの取材に語っていたことがある。
そしてそれらの現場で自衛隊の幹部曹士は皆、被災者に温かい食事を提供し風呂を設営し、自らは冷え切った缶飯(戦闘用糧食)をかじり、疲れ切った体を固い地面に横たえて、ほんの数時間だけ休んだ。
人の上に立ちリーダーシップを発揮することを求められている人であれば、自衛隊の、この強い使命感をとても不思議に思うのではないだろうか。
仮に非常時限定であったとしても、これほど強く組織を統率することなどなかなかできるものではない。
そしてこれほど強く、仕事に使命感を持つ社員の育成ができるとは、到底思えない。
しかし自衛隊には、任務を誇りに思い、自らの危険すら顧みない強い使命感をもつ隊員にあふれている。
その事実だけで、ちょっと目頭が熱くなる。
ではなぜ、自衛隊はそこまで任務に命をかけることができるのか。
その答えに僅かでも近づける「ある下士官」とのお話を、今回は少しご紹介したい。
今回ご紹介したいその下士官の名前は、加藤直樹(曹学8期)。
既に退役されて民間人になっている元自衛官だが、以前に当ブログでご紹介させて頂いたこともあり、記事を読んで頂いた人もいるかも知れない。
自衛隊退役後は北海道で活躍をされているので、先日、田浦正人(第28期)・前北部方面総監のご勇退を取材させて頂いた後に、久しぶりにお会いさせて頂いた。
なお、記事をご覧頂いていない人のために少しご説明すると、加藤は陸上自衛隊で最先任上級曹長まで昇り、下士官でありながら2回も米国への留学を許された、ちょっと嘘みたいな男である。
更に加藤は、我が国の戦後政治で大きな転換点になった自衛隊イラク派遣で、第一次復興支援隊の隊員にも選抜されているほどの男だ。
言うまでもなくこの第一次派遣隊員は、全国15万人の陸上自衛隊から選びに選びぬかれた500人であった。
技量、力量、人間性など、あらゆる能力が高いレベルでまとまった、まさに我が国を代表する自衛官であったわけだが、今回のお話は、その加藤とのエピソードである。
その加藤は退役後、札幌から少し離れた恵庭で、少し変わった「商売」をしている。
退職金のほとんどをつぎ込んでしまい、私設の射撃訓練場を作ってしまったのだ。
その射撃訓練場の名前は「GunTREX」。
なお念のために言うと、加藤は独身ではなく、奥様もいて、成人しているとはいえお子様もいる。
余り多くは申し上げないが、まあ、そういうことだ。。
ちなみに上記画像は、その射撃訓練場の入り口に掛けられている「門番」である。
退役の時に部下から貰ったキューピーちゃんだそうだが、これを掲げてから、射撃場と周辺の治安が良くなったそうだ。
(北海道の暗闇の中で、こんなモンがいきなり現れたらそりゃあ本気でビビる・・・)
そして射撃場に入ると、控えめに飾られている、加藤の戦歴を示す数々の記念章など。
上の画像は、加藤が岡部俊哉(第25期)・元陸上幕僚長から直々に受賞をした、最優秀陸曹を表彰する想い出の盾だ。
他にも、米国留学時の修了記念章など、加藤の現役時の活躍を示す数多くのアイテムが無造作においてあったりする。
大事に飾っていると言うよりも、本当に無造作に置いてあるという感じだ。
ちなみにこの画像は、カッコよく見えるように、私が勝手に並べ替えて撮影している。
そしてこの射撃訓練場。
驚くことに、これほどの戦歴を極めた加藤が自ら、私のような一般人にも本気で、射撃の訓練を施してくれる。
もちろん、銃は全てエアガンであり本物ではないが、構え方、照準の付け方、射撃の考え方を、陸上自衛隊で最も優秀であると陸幕長が認めた最先任が教えてくれるのである。
なお、この画像をもし本職の方が見ればすぐにおわかり頂けると思うが、私は拳銃の構えですら、背中が反って素人丸出しになっている。
対して加藤は、前傾姿勢で銃を構えている。
この後に加藤に厳しく教えて頂くことになるが、素人が銃を構えると背中を反って、照準をつけようとするそうだ。
エアガンとは言え、本物仕様のガス銃のためしっかりと反動が来るせいか、反動で体が反ってしまい固まるのかも知れない。
いずれにせよ、上記画像はわずか3m先の大きな的を狙う訓練なのだが、私は的の中央どころか、外縁の1点にすら当たらない、凄まじく腕の悪いレッスンで始まった。。
この後、拳銃を小銃に換装し、屋外に出て更に訓練を授けてくれる。
なおこの小銃は、自衛隊で実際に使用されている89式5.56mm小銃と全く同じ大きさ、同じ重さのエアガンである。
そして
「桃野さん、背中を反っては戦えません!ファイティングポーズは前傾姿勢です!」
「桃野さん!姿勢を正しく!!」
と、更に厳しい声が飛ぶ。
最先任がここまで教えてくれるのか・・・という感動の射撃教室だ。
そして面白いように的に弾が当たるようになり、上記画像、この程度の距離であれば全ての的にほぼ100%の確率で弾が当たるようになり始めた。
マジかよ(^_^;)
さらに最終のレッスンである。
なんと20m先にある、直径わずか6cmの的を狙う訓練だ。
加藤いわく、
「これが量産型のエアガンの精度の限界です。20m先にある6cmの的を狙えるようになれば、できることは全て教えました」
と言われ、早速構える。
・・・もちろん最初は、そう簡単に当たるものではない。
しかし外れ方を見た加藤が、どうやって照準を補正するのかを次々にアドバイスしてくれる。
すると、どんどん精度が上がる。
最後は、おおよそ80%の確率で、20m先の直径6cmの小皿を射抜けるようになってしまった。。
最初、3m先の大きな的の外縁(1点)にすら当たらなかった私が、わずか1時間ほどのレッスンで、20m先の、市販のエアガンの限界精度を80%の確率で射抜けるようになったのである。
陸自の技術って、本当にすげえ
(^_^;)
なおこちらオマケだが、加藤に
「小銃の構え方、備え方を、もう少し教えてくれませんか?」
とお願いした時の画像である。
なんというか、もう完全に目が状況に入っている。
っていうか、目が完全に、別世界に飛んでる。
これがイラクで戦った男の構えなのかと。
片目つぶって狙って当たって喜んでる場合じゃないと、文字通り素人丸出しの自分のレベルを、加藤の構え一つで思い知った。
そしてこの後、加藤と楽しく飲み会である。
ところで読者の方にここで一つクイズなのだが、加藤が退職金をつぎ込んで造ったこの射撃訓練場での訓練料金とレッスン料、4時間(半日)でおいくらだとお思いだろうか。
1.500円
2.5000円
3.50000円
正解は・・・
1である(嘘だろ・・・)
これは何も、私限定のお友達価格ではない。
GunTREXの公式Webサイトでも明記している、半日(4時間以内)の、本当の利用価格である。
但し、本来この訓練場は自衛官の自主トレ用の射撃場を目的に造られたものなので、加藤のレッスンは必ず付くわけではない。
加藤がいないこともあるので、フラッと立ち寄った一般人が、いつでも加藤に直接教えてもらえるというわけではないので注意して欲しい。
ただし加藤いわく、
「一般の方でも大歓迎です。当たり前です。予約を入れて頂いたら、どなたでもできる限りレッスンに参ります。」
とのことだった。
4時間500円で・・・(汗)
陸自の最優秀・最先任上級曹長が・・・
そしてここからが、このコラムの本題だ。
なぜ自衛隊は精強でいられるのか、というお話である。
この価格設定に、
「加藤さん、いくらなんでもその価格設定は無茶では・・・」
と、お酒の席で遠慮のない質問をする。
すると加藤は、
「いいんです、桃野さん。私は、陸上自衛隊の後進がここを利用して、腕を磨いてくれればそれで満足なんです。」
「民間の方でも利用して下さって、少しでも陸自と自衛隊に対する理解を深めてくれたら、それで良いんです。」
という趣旨の想いを熱く語る。
確かに、この価格設定はもはや商売ではない。
完全にボランティアだ。
大事な退職金をつぎ込んでやれるかと言えば、とてもやれることではない。
そして話はこの後、加藤がイラク第一次復興支援隊のメンバーに選ばれた時のことに続く。
第一次イラク復興支援隊が現地に在った時に、実は現地には「棺桶」が運び込まれていたことを記憶している人は居るだろうか。
当時、この事実をメディアが嗅ぎつけ、
「戦地ではないと言っていたくせに、なぜ棺桶があるのか!」
と猛批判し、野党は野党で、
「棺桶をみた自衛隊員の士気が下がることに、政府は余りにも無責任ではないのか!」
と大騒ぎになったことを、覚えている人も多いかも知れない。
加藤とせっかく親しくお酒を頂いている席なので、私もこの時のことを思い出し、
「加藤さん。第一次支援隊として現地に渡った時の、メディアが批判した『棺桶騒動』は実際のところどうだったのでしょうか」
と聞いてみた。
すると、加藤の答えは以下のようなものだった。
「桃野さん、意外に思われるかも知れませんが、私たち隊員は皆、棺桶を見て安心したんです」
「・・・どういうことですか?」
「当然です。国が私たちの死を隠さず、堂々と祖国に連れ帰ってくれることを確認できたんですから。」
「・・・」
「棺桶を見て、自分たちが死んだ後のことを想像できたんです。きっと私が死んだら、この棺桶に入って空港に降り立つんだなと。そして棺が運び出されたら、家族が待ってくれているんだなと。」
「では、士気が下がるというメディアの報道や批判は?」
「とても失礼な話です。私たちイラク派遣隊に選ばれた隊員は皆、任務に命を捧げる覚悟で現地に渡っているんです。まして一次隊に選ばれるほどの隊員に、棺桶を見て士気が下がるようなヤツは一人もいません。的はずれな批判です。」
正直、私もほんの少し、「あれは無神経でしたね」という答えが返ってくるのではないかと漠然と思っていた。
しかし、「とても失礼な話」という加藤の率直な意見を聞いて、自分が恥ずかしくなった。
この人は、そして陸自で任務に励む多くの隊員たちは、私たち一般人のモノサシとは全く違うレベルで、使命感と任務に人生をかけている・・・。
そして、GunTREXの価格設定の話である。
加藤は本気で、自分が陸上自衛隊から得た多くの知見を後輩に、つまり国家に還元するつもりであの施設を造ったんだと確信した。
国への恩返しのために自衛官のための射撃訓練場を造り、そして自衛隊を少しでも理解してもらうために、民間人にも開放したのだと。
これが、陸上自衛隊でもっとも優秀であると認められた、最先任上級曹長という生き方だ。
まるで明治時代の偉人伝にでてくるような、本当に私欲のない、無私の”バカ”である。
そしてこんな先人を、私たち日本人は心から尊敬し、こんな人間になりたいという憧れを心のどこかに持っている。
なぜ多くの自衛官が、強い使命感とリーダーシップを発揮することができるのか。
その答えがわかったなどと、とても言うことはできない。
しかし加藤の生き方を見ていると、自分ではない誰かのために力を尽くす。
組織や社会をより良いものにするために、できることは何でもする。
そんな想いを突き詰めていけば、それが自衛隊であれビジネスマンであれ、きっと強い使命感を持った生き方ができるのではないだろうか、という想いに至った。
そしてそのような生き方に私たち日本人は心を熱くし、結果として多くの人の心を掴むことができる。
そんな人こそが、本当のリーダーになっていく。
ふと、そんなことを思わずにはいられない北海道での旅になった。
最後になったが、ぜひ、加藤のGunTREXには、自衛官だけではなく、一人でも多くの民間人にも足を運んで欲しいと思う。
そして、陸上自衛隊が誇る最上級の射撃術だけでなく、加藤の人柄を通じて、その生き方を学んでもらえればと願っている。
4時間500円などではとても学べない、とても貴重な何かを、加藤から教えてもらうことができるはずだ。
ぜひ、札幌から1時間だけ、郊外に足を伸ばしてみてはどうだろうか。
※文中、自衛官および関係者各位の敬称略。
[…] 自衛官にも民間の方にも超有名な「日本国自衛隊データベース」でGunTREXを紹介して頂きました! […]
そういう精神こそ武士道です。新渡戸稲造の武士道の翻訳書を読むと理解できるはず。私欲をすて主君に忠誠を尽くす事が名誉である。
元自衛官の大西と央します。
「自衛隊の教育を企業の人財育成に活かす」と言う資料を作成しております。
そんな中で「自衛隊 精強」で検索しておりましたら、
「自衛隊はなぜ精強なのか ある下士官の生き方から見えた自衛隊の真実」に巡り合いました。
その中でイラク派遣の棺桶の話しを聴き感銘を受けました。
私も、国際活動に指定され半年間待機した時に、棺桶の手配等に携わりました。
この記事について少し伺いたいのですが、よろしいですか。
よろしくお願いいたします。
大西様、ご連絡ありがとうございました。
ガントレの、加藤元准尉の記事ですね。
なにかお役に立てることがあれば、遠慮なくお聞き下さい。
楽しみにお待ちしています!