高田充(たかだ・みつる)|第33期・海上自衛隊

高田充は、防衛大学校第33期の卒業で40幹候の海上自衛官。

海上自衛隊入隊以来、潜水艦一筋のサブマリナーだ。

防衛省の公式発表はないものの、卒業年次から推測して昭和41年度の生まれであると思われる。

平成27年8月(2015年8月) 開発隊群主席幕僚・1等海佐

前職は自衛隊神奈川地方協力本部長であった。

我が国を文字通り海の底から守り、その技術力や練度の高さ故に最強の抑止力となって、日本の平和と安全に大きく貢献してきた潜水艦艇指揮官である高田。

平成16年6月、30代後半の2等海佐時代にゆうしお型潜水艦のさちしお艦長を任され、さらに平成24年8月からは、1等海佐として第4潜水隊司令に補職される。

第4潜水隊司令として率いた潜水艦は4隻。

就任当初は、わかしお、たかしお、やえしお、せとしおであったが、2013年3月からはわかしおが退役した入れ替わりで最新鋭潜水艦ずいりゅうを受領し、さらに強力さを増した潜水艦隊を率いる。

ずいりゅうは我が国が誇るそうりゅう型潜水艦の5番艦で、その静粛性や長期にわたる任務遂行能力の高さから諸外国の関心も高く、オーストラリアなどとの間で具体的な売却交渉が進んだ最新鋭の艦型である。

そうりゅう型の投入によって我が国の近海防衛能力は、対中国人民解放軍に対しさらに大きなアドバンテージを得たものと考えられており、非常に強力な抑止力となって、我が国の平和と安全に大きく寄与している。

なおこの際、退役したわかしおは解体処分となったが、総航程275,129マイル(地球約13周)、総航海時数47,488時間に及ぶその艦歴は極めて輝かしく、20年に渡り日本の最前線を守り抜いた潜水艦の退役式には多くの人が集まり、その引退を惜しんだ。

そしてこのOld Navy(海の古強者)を見送った最後の司令になったのは高田であったが、自身もサブマリナーであり、艦長経験のある司令だ。

おそらく万感の想いで、その日を迎えたのではないだろうか。

第4潜水隊司令の任期を終えると、高田は陸(おか)に上がり、自衛隊と一般国民、自衛隊と民間企業の懸け橋となる神奈川地方協力本部長に就任。

おそらく人生で初めてとなるであろう様々な「営業」を2年経験し、多くの退役者を見送り再就職を斡旋し、また一方で多くの若者に自衛隊の魅力をアピールし、若い力を自衛隊に採用する最前線で活躍する。

そして2015年から務めているのが開発隊群の主席幕僚。

開発隊群は自衛艦隊隷下の直轄部隊であり、新しい技術や装備を既存の艦艇に取り込む研究や開発、あるいは既存艦艇の既存の兵装についてそのシステムを改良し、あるいは能力を最大値まで引き出すソフトウエアの研究や開発を行う。

その範囲は人的リソースにも及び、効率的な講習や教育の導入及び開発もカバーするなど、海上自衛隊がビークルコンバットを行う上であらゆる事柄を扱っていると言ってもよく、精強さを維持する上で欠かすことのできない部隊となっている。

なおこちら、その開発隊群が直轄艦として唯一保有する、試験艦と呼ばれる艦種に属する「あすか」だ。

独特の艦形をしておりひときわ目立つが、おそらく2007年くらいであろうか。瀬戸内海で護衛艦に乗せて貰える機会があり、護衛艦の横をあすかが並走するレアな光景に大喜びをして撮影をした時のものだ。

開発隊群が実施する実地試験を担い、対潜ミサイルや対潜魚雷の発射実験のような通常想定されるようなものはもちろん、陸上自衛隊が運用し、南西方面防衛の切り札として期待されている12式地対艦ミサイルを艦載化することを企図した実験を行うなど、その活躍の幅は非常に広く、様々な試験を行うことが出来る。

高田はその開発隊群の主席幕僚として活躍しているわけだが、長年培った潜水艦搭乗員としての知見を研究開発にフィードバックし、そしてさらに現場に戻すという役割は、まさに適任であるといえるだろう。

潜水艦を知り尽くしているからこそ、その穴を埋め強みを活かす。

また潜水艦から見た護衛艦についても同様だ。

独自の視点から見える我が国の艦艇についての知識と経験は、必ずこの開発隊群に蓄積され、我が国の自衛艦隊を更に精強な組織へと発展させてくれるであろう。

開発隊群の主席幕僚も2年を過ぎて、あるいはそろそろ2017年12月の定時異動では、次のポストに異動になるのではないだろうか。

その活躍には今後も注目し、レポートし順次、更新していきたい。

◆高田充(海上自衛隊) 主要経歴

平成
元年3月 海上自衛隊入隊(第33期・40幹候)

16年6月 さちしお艦長
17年6月 海上幕僚監部補任課
19年12月 横須賀地方総監部防衛部3室長兼5室長
22年4月 海上幕僚監部人事計画課募集班長
24年8月 第4潜水隊司令
25年8月 自衛隊神奈川地方協力本部長
27年8月 開発隊群主席幕僚

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省海上自衛隊 開発隊群公式Webサイト(顔写真)

http://www.mod.go.jp/msdf/frdc/about/command.html

防衛省海上自衛隊 横須賀地方隊公式Webサイト(わかしお退役記念式典)

http://www.mod.go.jp/msdf/yokosuka/news/24/16.html

※試験艦あすかは自らで撮影したもの

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コメント

  1. ゆい より:

    この方は今どちらに行かれたのでしょうか?確か去年の秋ぐらいまでは開発隊群の主席幕僚でいらしたのですが・・・神奈川地方協力本部にいらしたころ、息子を連れて何度かイベントに伺ったら息子の顔を覚えてくださって、声をかけてくださったこともありました。

    • ytamon より:

      ゆい様コメントありがとうございました。
      少し調べてみましたが、高田1等海佐は、開発隊群の主席幕僚以降の異動記録がありません。
      なお、現主席幕僚の芳賀基・1海佐は2018年3月30日付の着任です。
      ということは、原則としては同日付で、高田1海佐の異動もあるはずなのですが、存在しません。
      可能性としては、3つ考えられそうです。
      1.何らかの理由で、定年を待たずに退役された
      2.内閣府や外務省などに出向
      3.秘匿
      などでしょうか。
      いずれにせよ、公式記録では追跡不可能のようです。
      お役に立てずに申し訳ございません。

  2. ゆい より:

    調べていただいてありがとうございます。ご経歴を拝見するにとても優秀な方のようですし潜水艦乗りさんでいらっしゃるし、日本周辺の国際情勢を考えると内閣府や外務省や米軍への出向とか、そういう意味での秘匿かもしれませんね。もうお会いすることはないでしょうが、お元気でご活躍なさいますよう祈るばかりです。