保坂光人(ほさか・みつひと)|第32期・航空自衛隊

保坂光人は東京都葛飾区出身の航空自衛官。

防衛大学校第32期の卒業で幹候78期、職種は飛行でF-4戦闘機のパイロット上りだ。

生年月日は判明しないが、第32期であれば、ストレートなら昭和40年度生まれの年次にあたる。

平成29年5月(2017年5月) 南西航空警戒管制団第54警戒隊長兼ねて久米島分屯基地司令・2等空佐

前職は幹部学校航空研究センター勤務であった。

なお、南西航空警戒管制団第54警戒隊長としての指導方針は以下の通り。

【基地司令指導方針】「誠実 信頼」

【54警戒隊長として】「明るく 強く 楽しく 厳しく」

これもまた、一つの幹部自衛官の生き方という見本のような保坂だ。

当サイトでご紹介している幹部自衛官は、そのほとんどが幕僚長候補にもなるようなトップエリートばかりだが、率直に言って32期である保坂が2017年11月現在で2等空佐にあるのは、出世しているとは言えない。

しかし、出世をするという考え方と、偉い・偉くない、という価値観は、自衛官の世界では余り関係がない。

例えば、防衛大学校を出て1年もすると、幹部候補生たちは3尉に任官する。

まだ24歳かそこらの若者が突然幹部自衛官になるわけだ。

一方で、自衛隊で30年以上に渡り務めてきた統幕や陸海空の各先任曹長たちは、階級で言うと下士官であり、自衛隊入隊2年目の若者よりも下で「偉くない」。

しかし、どちらが日常の業務でも有事の際にも力を発揮するかは明らかだろう。

幹部自衛官と違い、下士官には大きな異動がないことから、仕事と生活のバランスを考えて下士官を選ぶものは多い。

また現場で職人技を極めることを志して、敢えて下士官の道を選ぶ者も多いのが、自衛官の一方の姿だ。

階級は確かに、世の中での「偉いさん」の客観指標になるかもしれないが、自衛隊は全ての職種で、全ての持ち場にある幹部曹士が力を発揮してこその組織力となる。

その職務の重要性に、軽重の違いは一切ない。

想像するに保坂の場合、F-4戦闘機上がりの2等空佐だ。

空を愛し、空を飛ぶことが好きで必死に勉強し、熱い情熱を持って戦闘機パイロットになったが、幹部自衛官として上の階級を目指すことには余り情熱が無かったのではないだろうか。

幹部自衛官の本流を歩むということは、幕僚監部で凄まじいプレッシャーの中で成果を挙げ続けることが求められ、なおかつ政治家や内局とも上手に付き合わなければならない。

もちろん、「偉い上官」相手にも立ち回らなければならず、空を愛し飛ぶことを愛して自衛官になった者が、必ずしもやりたい立ち回りでないことも多いだろう。

それよりも、地方の基地やレーダーサイトの現場司令をしながら後進の指導にあたるほうが、やり甲斐も感じられると考えるのは、一つの自衛隊幹部の生き方だ。

あるいは保坂は、戦闘機を降りたらそのようなキャリアで過ごすと決め込み、そして今、久米島で分屯基地司令をしているのかもしれない。

さて、その保坂の仕事についてである。

久米島は沖縄本島の西に浮かぶ小さな島で、中国側の目線で見ると、第1列島線の中で中国寄りに出っ張って浮かぶ、目障りな島に見えるだろう。

そこからさらに南西には、宮古島や石垣島といった、中国人民解放軍が太平洋へ出ていくにあたり、実に目障りな我が国の島嶼が点在する。

この久米島にレーダーサイトを置くことで、南西方面における中国人民解放軍の監視活動が極めて容易になり、その動向を逐一把握することが出来る非常に重要な拠点になるわけだが、それがこの久米島分屯基地だ。

人間的な付き合いの大変さは空幕ほどではないかもしれないが、なんせ存在する場所が国防の最前線であり、1年中、領空付近に不審機を飛ばしてくる中国の目の前にある島である。

24時間365日、気を緩めることができず、任務の重要性に対するプレッシャーと言う意味では相当なものがあるはずだろう。

しかし、このポストを任されるのにはやはり理由がある。

保坂のF-4パイロットとしてのキャリアは、その多くが第5航空団とともにあった。

パイロット訓練を終え、最初に配属になったのが第5航空団第301飛行隊。

新田原に所在していた部隊で、国防の最前線にある戦闘部隊でそのキャリアを歩み始めたことになる。

そしてその後、第5航空団飛行主任を経て第5航空団第301飛行隊長に着任。

九州の第一線から中国人民解放軍に睨みを利かせ、当空域の空の安全を守り続けた。

このようなキャリアを持つ保坂が、飛行機を降り任されるべき仕事は、やはり西部から南西空域における、対中国人民解放軍を想定した地上職であろう。

以前には、青森の車力分屯基地司令を務め高射隊を率いていたこともあるが、やはりそのキャリアを考えると、このポストの方がしっくり来そうだ。

或いは保坂は、このまま2等空佐のまま現場指揮を続けることになると思われるが、その際は55歳が定年ということになる。

そうなれば、32期組の最年少者が2017年度では52歳なので、恐らく後数年で定年退官ということになるだろう。

F-4戦闘機のエリートパイロットとして我が国の空の安全を守り続け、戦闘機を降りた後はその知見を活かし、「鷹の目」を活かして地上職の指揮を執る保坂だ。

その貴重な経験を後進に授け、自衛隊がさらに精強な部隊となる最後の力添えに全力を尽くしてくれることだろう。

その活躍に心から期待し、応援していきたい。

◆保坂光人(航空自衛隊) 主要経歴

昭和
63年3月 幹部候補生学校
63年9月 航空教育集団司令部付

平成
3年6月 第5航空団第301飛行隊
13年2月 第83航空隊隊司令部防衛部
15年5月 南西航空混成団団司令部防衛部
16年12月 航空幕僚監部人事教育部
19年9月 第5航空団飛行主任
20年8月 第5航空団第301飛行隊長
22年10月 航空総隊司令部防衛部
24年9月 第6高射群第21高射隊長兼ねて車力分屯基地司令
26年8月 幹部学校航空研究センター
29年5月 南西航空警戒管制団第54警戒隊長兼ねて久米島分屯基地司令

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省航空自衛隊 久米島分屯基地公式Webサイト(顔写真及び基地紹介画像)

http://www.mod.go.jp/asdf/kumejima/

http://www.mod.go.jp/asdf/kumejima/force.html

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