【退役】堀切光彦(関東補給処副処長・陸将補)|第30期・陸上自衛隊

堀切光彦(ほりきり・みつひこ)は昭和36年11月生まれ、東京都出身の陸上自衛官。

防衛大学校第30期の卒業で幹候67期、出身職種は判明しない。

平成30年8月(2018年8月) 関東補給処副処長・陸将補のポストを最後に退役となった。

前職は中央即応集団副司令官(国際担当)であった。


(画像提供:陸上自衛隊中央即応集団公式Webサイト

【以下、2018年8月6日加筆】

長い間、本当にお疲れ様でした。

堀切将補の第二の人生も充実したものとなりますことを、心からお祈り申し上げます。

【以下、2017年12月9日までの過去記事】

堀切については、あるいはご存知かも知れないが、いろいろな事があった陸将補ではあるが、まずは通常通りに書き進めたい。

2017年12月現在で、堀切が補職されているのは関東補給処の副処長。

関東補給処は、全国に5つある陸上自衛隊の補給処の中で唯一、処長のポストが陸将職に指定されている極めて重要なポストだ。

これは関東補給処が他の補給処と異なり、東部方面隊に対する補給業務に留まらず、全国の補給処業務を支援する役割も担っていることに依る。

そのため、関東補給処が所在する霞ヶ浦駐屯地は、陸自の駐屯地というよりも、まるでアマゾンの物流倉庫を思わせるような、一種独特の外観となっている。

東部方面隊の兵站の拠点であり、全国の補給処を支援する我が国の兵站の心臓部でもあることから、その警備警戒態勢は極めて厳重だ。

同じ敷地内には航空自衛隊の霞ヶ浦分屯地があり、第1高射群の第3高射隊が常駐し、24時間365日体制でPAC-3を運用し、北朝鮮を始めとした敵性国家からの攻撃に備えている。

堀切はそんな関東補給処で、副処長として重い責任を背負っている。

その堀切が陸上自衛隊に入隊したのは、昭和61年3月。

1等陸佐に昇ったのが平成17年1月なので、30期組堂々の1選抜(1番乗り)だ。

陸将補に昇ったのは平成24年7月なので、こちらは同期1選抜に比べ1年後ということになる。

3等陸佐であった頃には国連PKO活動で第7次ゴラン高原派遣輸送隊長を務め、またカナダの国連後方支援課程に学ぶなど国際経験が豊富であり、その後方支援に関する知見は現役将官屈指の能力を誇る。

ちなみにゴラン高原派遣輸送隊の初代隊長を務めたのは、ヒゲの隊長でおなじみの佐藤正久(第27期)。

そもそもPKOで自衛隊が中東地域に派遣される際、現地の文化を尊重して皆が髭を生やして赴くので、佐藤だけをヒゲの隊長というのもおかしな気がするが、初代隊長のビジュアルをマスコミが面白おかしく報じた影響だろうか。

なお堀切も、第7次隊長として赴く際に小渕総理大臣(当時)に出国報告をするため官邸に赴いているが、同様にヒゲを蓄えていた。

歴代の隊長は皆、3等陸佐の若い時代にヒゲを蓄え現地に赴いたことから、ネット上では一部、男性からの人気を集める隊長などもいて、騒ぎになったこともある程である。


(画像提供:陸上自衛隊中央即応集団公式Webサイト

上記の画像は、中央即応集団副司令官の離任式の模様だ。

左が堀切で、右が鬼頭健司(第32期相当)である。

鬼頭はこの後、幹部候補生学校の校長に着任し、堀切は関東補給処の副処長に着任した。

東大出身の英才である鬼頭は、いつも怖い顔をしてカメラに収まっていることが多いが、この離任式では不自然なほどに笑顔である。

というより不自然である。

恐らく笑顔の鬼頭の映像としては、かなり貴重なショットになるのではないだろうか。

ちなみに堀切は、メガネを掛けるとかなり人相が柔和になるが、本来は細面の筋肉マッチョでかなり鋭い精悍な顔立ちをした高級幹部だ。

恐らくそれでは、とっつきにくいと思われると判断したのだろうか。

陸将補に昇った頃からメガネを着用するようになったようだ。

なお、この画像が撮影されたのは2017年3月。

そして堀切にとってはこの4ヶ月後に、思いもよらない出来事が待ち受けていることになった。

単刀直入に言うと、「南スーダン日報隠蔽問題」とされる騒動において隠蔽の主導者であると認定され、退役に追い込まれた岡部俊哉(第25期)を除き、もっとも重い処分となる停職5日の懲戒処分を受けることになる。

調査結果では、「部隊情報の保全や開示請求増加への懸念」から、堀切が主導して日報は存在しないことになり、事務方にも大臣にもその存在を隠蔽したというシナリオが認定された形だ。

監察本部が動いた結果の調査なので、そのように判断されてもやむを得ないような言動が堀切にあったのかもしれないが、どうにも解せない。

いずれにせよこの「事件」は、多かれ少なかれ政治のイニシアティブが弱かったことを露呈したのではないだろうか。

とても残念なことだが、今さら堀切の処分はどうしようもないのもまた事実だ。

ぜひここから挽回し、さらに活躍を重ねることを、心から祈念したい。

◆堀切光彦(陸上自衛隊) 主要経歴

昭和
61年3月 陸上自衛隊入隊(第30期)

平成
9年1月 3等陸佐
12年7月 2等陸佐
17年1月 1等陸佐
17年7月 研究本部研究員
17年12月 第13普通科連隊長
20年3月 研究本部研究員
20年8月 統合幕僚監部運用第2課国際室長
22年6月 陸上幕僚監部教育訓練課長
24年7月 東北方面総監部幕僚副長 陸将補
25年8月 防衛監察本部監察官
26年8月 中央即応集団副司令官(国際担当)
29年3月 関東補給処副処長
30年8月 関東補給処副処長のポストを最後に勇退

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