徳永勝彦(とくなが・かつひこ)|第36期・陸上自衛隊

徳永が陸上自衛隊に入隊したのは平成4年3月。

1等陸佐に昇ったのが平成23年1月、陸将補に昇ったのが平成29年8月だったので、ともに36期1選抜前期(1番乗り)となるスピード出世だ。


(画像提供:陸上自衛隊船岡駐屯地公式Webサイト

陸上自衛隊では、1選抜前期で将官に昇ることはそのまま、同期の陸上幕僚長候補に選抜されたことを直接意味する。

そう言った意味で徳永は、2017年夏の陸将補昇任で頭一つ抜け出た最高幹部の一人になったと言ってよいだろう。

 

なお余談だが、2017年。

一般財団法人の防災教育推進協会という団体が、子供たちの防災意識を高める目的で防災に関するアイデアを募るコンテストを開催している。

自衛隊の機関紙である朝雲新聞で報じられたことなので、おそらくご案内しても問題はないだろう。このコンテストでは、徳永の中学生になるお嬢さんが非常に素晴らしい論文をまとめ、成績優秀賞を受賞している。

現役エリート幹部のお嬢様なので父から学ぶことも多く、そう言った意味では知識が大きなアドバンテージだったのだろうか、と思って記事を読み進めたが、話はそう簡単なものでもないようだ。

 

記事によると、徳永は第41普通科連隊長時代、当時住んでいた自宅が熊本地震で被害を受け、家族も被災する経験をしているそうだ。

そんなことを一切感じさせず、震災直後から徳永以下、41普通科連隊の精鋭たちがどれほど被災地で献身的な活躍したのかはご存知のとおりだが、その裏ではやはり、家族の自助努力は並大抵のことでは無かったのかも知れない。

 

私たち一般国民は普段、震災などが発生すると自衛官や自衛隊にはその活躍をたたえ、惜しみない感謝の気持ちを伝えることを忘れるようなことはない。

しかしここで、もう一歩踏み込んで欲しい。

実はその自衛官にも助けたい家族が居て、被災し困窮している中で、自衛官たちは任務のために家を空け厳しい戦場に向かう。

当然、残された家族たちの不安や負担は一般の家庭よりも非常に大きなものになるだろう。

つまり、被災地において自衛官たちが戦っているということはその裏で、自衛官の家族たちもまた、共に戦っているということだ。

普通であれば得られるであろう父や母など、家族からの援助を受けられず、非常に厳しい環境の中で自助努力を重ね、家族を国民への奉仕のために送り出す。

そして、自衛官本人とともに家族もリアルタイムで戦っている。

 

そんな当たり前の事実にも、徳永のお嬢様が受賞された「成績優秀賞」から改めて、気がつかせてもらうことができた。

きっと心身ともにたくましい、素晴らしい女性として教育されているのだろう。

将来は、徳永を越えるさらに立派な自衛官になってくれるかも知れず、その活躍が今からとても楽しみだ。たとえそれが自衛官の道でなくとも、きっと国を支える素晴らしい大人へと成長されることだろう。

 

では最後に、その36期組の人事の動向について簡単に見てみたい。

先述のように、36期組は2017年夏の将官人事で最初の陸将補が選抜されたばかりであり、トップエリートが出揃ったばかりの段階である。

そしてその顔ぶれは、以下のようになっている。

 

松永浩二(第36期)・沖縄地方協力本部長(2017年8月)

德永勝彦(第36期)・第2施設団長(2017年8月)

堺一夫(第36期)・富士学校普通科部長兼富士学校諸職種協同副センター長(2017年8月)

藤岡史生(第36期)・北部方面総監部幕僚副長(2017年8月)

若松純也(第36期)・東部方面総監部幕僚副長(2017年12月)

南川信隆(第36期)・教育訓練研究本部訓練評価部長(2018年3月)

※肩書は全て2018年6月現在。( )は陸将補昇任時期。

 

上記にように、まずは松永、徳永、堺、藤岡の4名が、36期組で頭一つ抜けたので、今後も人事の中心になっていくだろう。

まだ50代手前の「最年少将補」ばかりであり、これからの活躍がとても楽しみな世代だ。

 

いずれにせよ、36期は2020年代後半にかけて我が国の平和にもっとも重い責任を背負っていく年次にあたる。

その動向には注視し続け、そして変わらず応援をしていきたい。

 

※文中、自衛官および関係者各位の敬称略。


(画像提供:陸上自衛隊船岡駐屯地公式Webサイト

◆徳永勝彦(陸上自衛隊) 主要経歴

平成
4年3月 陸上自衛隊入隊(第36期)
15年1月 3等陸佐
16年8月 第18次ゴラン高原派遣輸送隊長
18年7月 2等陸佐
23年1月 幹部学校付 1等陸佐
23年7月 防衛研究所研究員
24年8月 陸上幕僚監部防衛部情報通信・研究課研究班長
26年3月 第41普通科連隊長
28年7月 陸上幕僚監部装備計画部装備計画課長
29年8月 第2施設団長 陸将補

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