青木義昌(情報学校長・陸将補)|第30期・陸上自衛隊

青木義昌(あおき・よしまさ)は昭和38年9月生まれ、京都府出身の陸上自衛官。

防衛大学校第30期の卒業で幹候67期、入隊当時の職種は不明だが、2018年現在で言えば情報科出身の最高幹部ということになる。

なお、情報部門の職種化は2010年であった。

平成30年3月(2018年3月) 陸上自衛隊情報学校長・陸将補

前職は自衛隊情報保全隊司令であった。


(画像提供:陸上自衛隊富士学校公式Webサイト 岳友30年4月号)


(画像提供:陸上自衛隊小平駐屯地公式Webサイト こだいら第37号)

2018年10月現在、陸上自衛隊情報学校長を務める青木だ。

2018年3月の陸自大改革で新編された学校であり、その初代校長を務める。

ただ、元々小平学校の重要な教育機能であった部門を独立させた形である上に、青木の前職は自衛隊情報保全隊司令で、さらにその前職が小平学校の副校長だ。

その意味では、副校長時代からこの情報学校の独立準備担当として職務にあたり、そして一度職種部隊に戻ってから、初代校長に着任したというのがおそらく人事の流れであろう。

いわば、制度設計から実際のスタートアップまで、青木の手によって多くの仕事がなされた組織であると言えそうだ。

それだけでも、青木がいかに、この情報職種の中で陸自を代表する最高幹部であるか。

おわかり頂けるのではないだろうか。

しかし青木は、50代も半ばを過ぎているというのに、ご覧の通り年齢を感じさせないかなりのイケメンである。

にも関わらず、職種が情報ということもあると思うのだが、ほとんど表に出てくることも無ければ、講演会の講師をすることもなく、記念行事で観閲部隊を率いることもない。

実にもったいない・・・。

おそらく、職種が普通科や野戦特科などで記念行事に登場し、あるいは地方協力本部長を務めていれば、自衛隊マニアの  男性  女性たちから相当な人気を博していたのでは無いだろうか。

情報職種という手前、表に出てくることが非常に少ない自衛官生活を過ごしてきた。

ぜひ、陸自にはこんな目立たない部隊にこんなイケメンがいることを、知ってほしい。

ところで、年齢を感じさせないイケメンと言えば、第一空挺団で鋼の体を鍛え上げた丸山徳一(第37期相当)も、40代後半にしてまるで30代と間違えるほどに若々しい。

そして実は青木も、情報という職種からは想像もできないかもしれないが、50歳も半ばを過ぎて腕立て伏せを111回もこなし、また50~54歳の体力検定で過去最高記録のスコアを持つ、体力オバケのような幹部だ。

やはり何歳になっても体を鍛え上げ、任務に邁進している限り、人は若々しさを保てるということなのかもしれない。

(退役後に、急に老け込まないでくださいね・・・)

では、そんな一般に余り接点がない情報科を代表する青木とは、いったいどんなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。

少し詳細に、その経歴を見ていきたい。

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