竹本竜司(第1師団長・陸将)|第31期・陸上自衛隊

竹本竜司(たけもと・りょうじ)は昭和39年4月3日生まれ、島根県出身の陸上自衛官。

少年工科学校第26期で学び、後に防衛大学校第31期(電)に進んだので幹候は68期ということになる。

出身職種は野戦特科で、防衛大学校在学中はフィールドホッケー部に在籍した。

平成30年8月(2018年8月) 第1師団長・陸将

前職は第11旅団長であった。

なお、第1師団長としての指導方針は以下の通り。

【統率方針】
「任務完遂」「備えよ常に!」

【要望事項】
「万事作戦」「感謝信頼」「地域連携」

(画像提供:陸上自衛隊第1師団公式フェイスブック

2019年1月現在、陸上自衛隊の顔と言っても良いだろう、「頭号師団」の尊称を持つ第1師団で、師団長を務める竹本だ。

文字通り、我が国で最初のナンバリングを振られた師団を率いて、首都東京を始めとした政経中枢の防衛を担う。

もちろん、首都の防衛を担うということはすなわち、公賓や国賓の接遇という大役を担う陸将ということでもある。

威厳を感じさせながらも、どこか親しみを感じる笑顔や、野趣を感じさせる立ち居振る舞いの竹本にはまさに適任というべき、国家を代表するポストの一つだ。

その竹本。

どこか野趣を感じさせる佇まいには実は理由があり、元々の出身は、今はなき少年工科学校の卒業生である。

かつての少年工科学校は、15歳の春に入学と同時に3等陸士の階級を与えられたので、竹本は実に昭和55年から40年近くにわたり、自衛官を務めていることになる。

(※防衛大学校在学中は自衛隊員の身分となるので、自衛官ではない4年間がある。)

竹本が入学した頃の少年工科学校と言えば、若年にして国防を志したと言えば聞こえは良いが、やはり中には相当な  悪ガキ  元気のいい子供たちも相当数、いたそうだ。

特に上級生の存在は絶対神であり、1年生にとっての3年生は森羅万象を決定する雲の上の存在。

2年生は普段から、学業や部活でありがたい  鉄拳制裁  特別指導を体に叩き込んでくれる身近な悪魔。

そして心身ともに打ちひしがれた1年生は、初めて親元を離れ、自由の全く無い寂しさの中で全寮制の同期生たちと、固い鉄の絆で結ばれるそうである。

なおなぜそんな事を知っているかと言えば、実は当サイトの強力な応援団の一人に、少年工科学校のご出身で今は民間で活躍されているOBの方(仮にEさん)がいるからである。

応援団と言えば聞こえは良いが、「工科学校やその卒業生のことを悪く書いたら、ただじゃおかないよ?」と、まさに恐怖の上級生ばりの指導を頂いているのだ。

そのため、工科学校卒業生でしか知らないようなエピソードや裏話を多く教えていただいているのだがそのEさんいわく。

「工科学校でともに学び、共に過ごした同期たちのことは、もはや友情や親友という言葉では表せません。あいつらの人生は自分の人生のようなものです。」

と話してくれたことがある。

鬼の応援団長と化すのも当たり前といったところだ。

そしてその言葉を裏付けるかのように、Eさんは今も同期とプライベートな飲み会を楽しんでいるが、そこで撮影された写真の人はみな、60歳も近い年齢にも関わらず悪童の目だ笑

中には現役で、陸将や陸将補として重責を担っている威厳に溢れる人もいるが、工科学校時代の同期で集まっている時の表情は、見たことがないほどに楽しそうなお顔をされている。

今は名前を変え、やや制度も変わったが、その少年工科学校の歴史は高等工科学校に引き継がれた。

これからも、今も昔も変わらぬ友情と絆を育み、我が国の国防に貢献する誇りある学校として、伝統を繋いでいってくれるのではないだろうか。

なおそのEさんは少年工科学校26期の卒業。

同期生にはまさに、今回ご紹介している竹本の他、高等工科学校長を務める堀江祐一(第33期相当)など有名人が多く揃う。

もちろんこのお二人も、Eさんの大親友である。

そのためこの記事も、Eさんからどんな反応を頂くのか、実はドキドキしながら筆を進めている次第である(泣)

では、そんなアツイ応援団と国民の大きな期待を背負い第1師団長を務める竹本とは、どのようなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。

少し詳細に、その経歴を見ていきたい。

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