熊谷三郎(くまがい・さぶろう)は昭和42年10月5日生まれ、静岡県浜松市出身の航空自衛官。
防衛大学校第35期(応用物理)の卒業で幹候81期、出身職種は飛行で、F-15戦闘機のパイロットだ。
平成30年8月(2018年8月) 北部航空方面隊副司令官・空将補
前職は第5航空団司令兼ねて新田原基地司令であった。
(画像提供:航空自衛隊新田原基地公式Webサイト)
2019年1月現在、北部航空方面隊の副司令官を務める熊谷だ。
ご覧の通り、F-15戦闘機パイロットであり、なおかつイケメンという嘘のようなオッサンである。
上記2枚の写真は第5航空団司令時代、ラストフライトに臨む直前の熊谷を撮影した2018年7月のものだが、当時の年齢は50歳。
上空で紫外線を浴びまくった一線級パイロットとは思えない若々しさで、一般人のファンも多い最高幹部の一人だ。
その熊谷について。
35期を代表する最高幹部の一人なのでその補職はどれも印象深いものばかりだが、あえて一つ挙げるとすれば、それは前職である新田原での、第5航空団司令のポストだろうか。
ご存知のように新田原基地は宮崎県に所在し、九州南部から奄美群島にかけてをその防衛担当区域とする戦闘航空団だ。
2016年7月に熊谷が司令に着任したその翌月、F-15戦闘機部隊である305飛行隊が百里の第7航空団から新田原に移駐し、警戒任務を引き継ぐなど大きな体制変更が行われている。
いうまでもなくこの前後、対中国人民解放軍向けのスクランブルが急増し日中の緊張状態が高まっていた頃合いでもあり、より南西方面の防空を強化する目的で行われた措置である。
そして熊谷自らもF-15戦闘機パイロットとして指揮を執り、この難局に当たり我が国の防空に重い責任を担っている。
そんな熊谷がラストフライトを迎えたのは、この厳しい任務をやり遂げた2018年7月26日であった。
新田原から北部航空方面隊副司令官に栄転する5日前、F-15戦闘機に別れを告げ、後顧の憂い無くこの国防の最前線を後にしている。
上記の1枚は、我が国最強の戦闘機のコックピットがよく似合うナイスガイの、最後の勇姿であった。
なお余談だが、この第5航空団司令時代。
熊谷はある会合で、「2017年秋ごろに、ビックニュースが流れるかも知れない」と予告していた。
その内容は史上初の女性戦闘機パイロットが誕生することを予告していたものだが、結果として305飛行隊で松島美紗(第58期)がパイロットデビューを果たしたのは2018年8月。
熊谷の「教え子」としてデビューする見込みであったはずなのに、結果として熊谷が転属後に、ビックニュースになってしまいどこか寂しいニュースになってしまった。
では、そんな35期のエースである熊谷とはこれまで、どのようなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。
少し詳細に、その経歴を見ていきたい。
歴代の基地司令でも有名なイケメン、たまにするゴルフではお茶目なとこあります、約束を守る律儀な大和男。後輩のアグレッサー隊長を小松の事故で亡くされたトキホの心情は計り知れなかった。国防を一第一に思う軍人の鏡だ。
図師孝一さまコメントありがとうございました。
空自のパイロットって本当にイケメンが多くてずるいですよね(笑)