加藤康博(かとう・やすひろ)|第36期相当・航空自衛隊

加藤康博は昭和43年12月生まれ、京都府出身の航空自衛官。

京都市に所在する仏教系の私立男子高校を昭和62年3月に卒業し、航空自衛隊に入隊。

その後、平成4年3月に幹部候補生一般課程に学び幹部となっているので、第36期相当の部内A幹と言うことになる。

平成30年3月(2018年3月) 第3術科学校長兼ねて芦屋基地司令・空将補

前職は航空幕僚監部人事計画課長であった。

なお、第3術科学校長としての指導方針は以下の通り。

【統率方針】
先手を取れ

【要望事項】
目的の明確化
行動する勇気
信頼関係の確立・強化

【基地司令統率方針】
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(画像提供:航空自衛隊芦屋基地公式Webサイト:あしや第616号)

2018年6月現在、第3術科学校長を務める加藤だ。

第3術科学校は、その公式Webサイトからそのまま引用させて頂くと、

「補給・調達・総務・人事・会計・厚生・給養・施設・車両操縦・車両整備・警備の職域隊員に対し、その業務等に必要な知識及び技能を習得させるための教育訓練」を行うとしている。

つまり、事務系の後方支援系職種教育は全て担当していると言うことだ。

2011年から2013年までは、女性初の空将補(医官・営門将補を除く)となった柏原敬子(第23期相当)が補職されていたことでも知られる。

さて、早速だがその加藤についてだ。

正直、昭和62年3月の航空自衛隊入隊で幹候82期の将官とは、何かの間違いではないのかと一瞬空目したと思った人も、多かったのではないだろうか。

それもそのはずで、昭和62年3月に防衛大学校を卒業し幹部候補生学校に入校していれば、31期の幹部となる。

しかし加藤の最終学歴は高校卒業。

つまり加藤は、高校を卒業しそのまま航空自衛隊に入隊。夜学や通信課程の大学で学ぶこと無く、部内幹部(部内A幹)として幹部に任官し、そのまま出世を続けているとうことになる。

さらに驚くべきは、その昇任の速さだ。

昭和43年12月の生まれであれば、ストレートであれば35期相当の幹部ということなので82幹候は年齢的には1期の遅れとなる36期相当。

しかしその36期相当の幹部として、1等空佐に昇ったのが23年1月なので1選抜前期(1番乗り)となるスピード昇任である。

さらに空将補には、30年3月の昇任なので1選抜後期(2番手グループ)での昇任であった。

陸上自衛隊に比べ、海空の自衛隊では将官に昇る幹部の数が非常に少ない。

そのため陸自のように、1選抜前期がそのまま同期の幕僚長候補となるのではなく、2選抜後期でも十分に将に昇り、幕僚長候補として活躍する可能性が高い。

そんな状態での1選抜後期昇任は、年次管理で昇任が選抜される自衛隊においては完全な出世頭だ。

これでは、「一般大学卒業生は防衛大学校出身者に比べ、出世に不利」と言われる風潮も、もはやどこ吹く風である。高卒で1選抜後期の将官昇任を果たした加藤に言わせれば、鼻で笑いたくなるほどのガセネタであろう(とは言え確かに、そういう風潮はある)。

加藤の将官昇任には、それほどのインパクトがある。

いったい何をどうすれば、高校を卒業し曹(士?)として航空自衛隊に入隊したものがここまで昇りつめてしまうのか。そしてどこまで行ってしまうのか。

さらには、同期入隊である曹(士)とは今も飲み友達として仲良くしているのかなど、いろいろなことが気になるところだ。

ぜひ、加藤空将補について興味深いエピソードをお持ちの方がいれば、教えて下さいませ・・・。

では次に、その加藤の部隊歴と36期の動向について、少し詳しく見ていきたい。

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