二川達也(自衛艦隊司令部幕僚長・海将補)|第32期・海上自衛隊

二川達也(ふたかわ・たつや)は昭和40年11月生まれ、神奈川県出身の海上自衛官。

防衛大学校第32期の卒業で幹候39期、出身職種はTACCO(戦術航空士だ)。

平成30年12月(2018年12月) 自衛艦隊司令部幕僚長・海将補

前職は横須賀地方総監部幕僚長であった。

(画像提供:海上自衛隊厚木航空基地公式フェイスブック

2019年2月現在、海上自衛隊のほぼ全ての実力組織を率いる自衛艦隊司令部において、その実務職を担う幕僚長を務める二川だ。

固定翼哨戒機に搭乗し、哨戒任務のプランニングや戦術的判断を下すTACCO(戦術航空士)の出身であり、日本が世界に誇る海自航空部隊の最前線で多く指揮を執った経験を誇る。

32期組1選抜のエリートであり、今もっとも、海上自衛隊で注目が集まる最高幹部の一人だ。

1選抜で昇任を重ねるエリートだけあって、そのキャリアはどれも特筆するものばかりだが、敢えて一つ挙げるとすれば、それは平成29年3月から務めた、第31航空群司令のポストだろうか。

第31航空群は山口県の岩国航空基地に所在し、海上自衛隊の航空群の中でも少し変わった存在感を持つことで知られる精鋭集団だ。

戦いの目となり耳となる電子戦を展開し、あるいは情報収集や画像撮影などを行う第81航空隊、第91航空隊を隷下に持つ。

また変わったところでは、訓練の際に欠かせない標的機の運用を行う、標的機整備隊というレアキャラ部隊もその隷下で運用する。

そして何よりもその存在感を際立たせているのは、世界唯一と言っても良い救難飛行艇US-2を運用する、第71飛行隊であろうか。

ご存知のようにUS-2は、海面を滑走路代わりにして離着水し、主に遭難したパイロットの救出を任務とする航空機だ。

しかも着水中は船舶として扱われるため、その操縦には航空機だけでなく船舶免許も必要という、手がかかるかわいいキャラでもある。

そんな71飛行隊のUS-2だが、近年での活躍と言えばやはり、辛坊治郎氏と盲目のヨットマン、岩本光弘氏を大荒れの太平洋から救出したことが記憶に新しい。

4mを超える外洋に着水を成功させ、2名の命を救ったあの精鋭部隊である。

性能限界の大荒れの海に立ち向かう強靭な意志、鉄の心と鋼の肉体はまさに精鋭部隊の名前にふさわしい。

救出後に辛坊治郎氏が語った言葉を借りれば、

「日本に自衛隊があってよかった、この国の国民でよかった」

と言わせたほどに、文字通り日本国民の宝であり、誇りである隊員の皆様だ。

なおこの救出劇に際して、辛坊氏が救助された後に日本に向かうUS-2の機内で、

「名前だけでも教えてくれないか」

と、自分たちを救助してくれた隊員の皆様にお名前を聞いたそうだが、

「名前は教えられませんが、代わりにこれをお持ち下さい」

といって、71飛行隊のワッペンを手渡されたそうである。

今時、去り際にこんなベタなカッコイイことをする正義のヒーローは子供向けアニメにも登場しねーぞ!と、ツッコミを入れたくなるほどだが、カッコよすぎて言葉にならない。

そして辛抱は、救助後に行われた記者会見の最中も、そのワッペンを大事そうにしっかり握りしめていた。

職務に誠実に向き合い、本気で生きている防人たちを率いることができるのは、同様に職務に誠実に向き合い、本気で生きている指揮官だけである。

二川がかつて、このポストに補職されたのも、まさにそういうことなのであろうと思わせる、印象的なキャリアの一つだ。

では、そんな要職を歴任してきた二川とはこれまで、どんな経歴を歩んできた幹部なのだろうか。

少し詳細に、その歩みを見ていきたい。

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