【退役】柴田昭市(防衛装備庁長官官房装備官・陸将)|第29期・陸上自衛隊

 

柴田昭市(しばた・しょういち)は昭和37年6月5日生まれ、富山県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第29期の卒業で幹候66期、出身職種は機甲科だ。

 

令和2年(2020年)8月 防衛装備庁長官官房装備官・陸将のポストを最後に、長きにわたる自衛官生活に別れを告げて制服を置いた。

前職は第1師団長であった。

(画像提供:陸上自衛隊第1師団公式フェイスブック

2020年8月、我が国と世界の平和に大きな責任を担い続けた将官がまた一人、自衛隊を去った。

柴田昭市(第29期)・ 防衛装備庁長官官房装備官だ。

機甲科出身の幹部で、小隊、中隊、大隊長ポストは機甲科で、連隊長ポストは信太山で指揮を執った。

さらに第14旅団長に続き、頭号師団(第1師団)長を任されるなど、陸自の将官としてこれ以上はない名誉を国家から与えられ、そしてそれに恥じない実績を残し続けた自衛官人生であった。

 

公けになっている記録からだけでは判明しないが、そのキャリアを見るとTAC(技術高級課程)出身であったのだろうか。

平成25年8月からは開発実験団長を。26年8月からは陸幕開発官を務めるなど、多方面で多くの実績を残した。

そしてその集大成として務めた、退官ポストとなった防衛装備庁長官官房装備官の役職は、技術系の自衛官にとってこれ以上はない名誉あるポストである。

最後の最後まで、厳しくも誇りある任務を任され続けたその自衛官人生には、心からの敬意と感謝以外に、言葉が思い浮かばない。

 

記事の最終更新がご退役から3ヶ月近く後になってしまったが、恐らく今頃はちょうど、第二の人生に向けて心身ともにウズウズし始めておられるころではないだろうか。

陸将に昇るほどに、心身ともに充実された最高幹部である。

たった58歳の若さで隠居生活に入るなど国家の損失というものであり、決して許されるものではない。

ぜひ早々に、第二の人生でのご活躍をお聞きすることを、楽しみにしたいと願っている。

 

柴田陸将、本当に長い間お疲れさまでした。

そして、ありがとうございました。

その誇りある自衛官人生とご活躍は、多くの国民が知るところです。

ぜひ、そのご知見を生かしてさらにご活躍を重ねられることを心からご期待申し上げ、そして楽しみにしております!

本当に、お疲れさまでした。

ありがとうございました!

 

(2020年11月3日 最終更新)

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以下は、ご在職時に更新していた記事のアーカイブです

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2019年2月現在、防衛装備庁長官官房装備官を務める柴田だ。

北方の最精鋭部隊を皮切りに、各地の最精鋭機甲科部隊で指揮を執ったが、意外にも趣味は茶道とトレッキングという、29期のエースである。

元々茶道は、精神的に厳しい生活を送っていた武士が心にゆとりを持つためにたしなみ始めたとされているので、大きな責任を担う幹部自衛官とも相性が良いのかもしれない。

 

なお、その柴田が務める防衛装備庁長官官房装備官のポストだが、陸上自衛隊の新装備の調達やその是非、また研究開発の責任者という位置づけになっている。

中谷元・元防衛大臣がその在任中に立ち上げた組織で、陸上自衛隊の元幹部自衛官として、また防衛庁長官時代の経験を踏まえて、新設の必要性を強く訴えてきた大臣肝いりの部署だ。

2015年に新設されたばかりであり、防衛装備品の開発や生産の基盤を強化する目的で立ち上げられた、我が国の防衛力の根幹を決定づける極めて重要な組織である。

 

そんな要職を任される柴田のことだ。

これまでのキャリアはどれも印象深いものばかりだが、あえて一つを挙げるとすればやはり、「頭号師団」の尊称を持つ、第1師団長を務めたことであろうか。

日本陸軍の時代より、ナンバリングの最初にあたる第1師団、第1連隊は首都防衛の任に当たり、これらポストを任されることは最高の栄誉の一つとされた。

とは言え、正面戦闘ではなく、テロなどの非対称戦の可能性が高い我が国の安全保障環境の中では、第1師団長はその華やかなイメージと裏腹に、極めて過酷なポジションだ。

我が国の政治・経済の中枢に対し想定しなければならない攻撃はNBC、すなわち核・生物・化学兵器であり、攻撃の開始を予想することも、敵の所在を見極めることも極めて困難となる。

もちろん要人保護や国民保護も、混乱する現場の中で、非常に厳しい任務となるだろう。

そのためその訓練は、CQB(Close Quarters Battle:近接戦闘)、すなわち都市部の建物内部や路地での戦闘を想定し、敵味方だけで無く一般人も瞬時に見分け、敵だけを制圧するための技術も磨かなければならない。

人混みの中で敵だけを撃つなど、技量だけでなく非常に強靭な心身が要求されることになるなど、第1師団ならではの難しさがそこにはある。

だからこそ、その指揮官に就くことができる者は、心身ともに強靭で指揮統率能力に優れたもので無ければ務められるものではない。

かつて柴田がその職責を担い、そして大きな実績を挙げた第1師団長とは、そのようなポストであった。

 

では、そんな重責を担い続けた柴田とは、これまでどのようなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。

少し詳細に、その経歴を見ていきたい。

2 件のコメント

    • noi様、コメントありがとうございました!
      何らかの公表資料などで確認できている情報だけを載せている関係で、中には不十分なキャリアになっていることもあろうかと思います。
      お詫びします。

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