植村茂己(うえむら・しげみ)|第32期・航空自衛隊

植村茂己は昭和39年6月生まれ、愛知県出身の航空自衛官。

防衛大学校第32期(電気工学科)の卒業で幹候78期、職種は航空機整備だ。

平成28年7月(2016年7月) 宮崎地方協力本部長・1等空佐

前職は航空救難団整備群司令であった。

なお、宮崎地本長としての指導方針は以下の通り。

【統率方針】至誠を貫く

2018年5月現在、宮崎地方協力本部長をつとめる植村だ。

整備関連部署での補職が多いキャリアの植村にとって、地本での仕事は、この宮崎地本長が初めての仕事となる。

地方協力本部の役割は、自衛隊と民間企業や一般国民を繋ぐ架け橋であることから、言うまでもなく極めてコミュニケーション能力が高い幹部が任命される事が多い。

また、見た目にもイケメン系の爽やかさを持ち、親しみやすい人柄の幹部がその大役を任されることが多いが、植村もまさにそのような高級幹部だ。

(なお、かつて東京地本長を努めた高田克樹(第29期)は、見た目が怖すぎるので例外である・・・) 

そのコミュニケーション能力、調整力の高さは若手幹部時代からの、植村の大きな武器になっているのであろう。

2000年3月からは1年間、第25代航空幕僚長にして第24代統合幕僚会議議長を務めた竹河内捷次(第9期)の副官を務めるなど、35歳であった若手幹部の時代にかけがえのない補職も経験。

航空機整備の現場にありながら、その人間力の高さ、指揮官としての懐の深さが垣間見えるキャリアとなっている。

さて、その植村の宮崎地本長(地方本部長)としての活躍だ。

地本長には、自衛官の採用や退職後の再就職支援といった、自衛隊への入り口と出口を担当する重要な役割があるが、それと同等に重要になるのが、地域社会に対する貢献活動である。

その活動の中には、自衛隊が持つノウハウや様々な知見を講演会の形で提供するものも数多いが、植村はその中でも防災・減災についての講演活動が目立つ。

そしてその中でも、植村が力を込めて語りかけるのが、

1.想定にとらわれるな

2.最善を尽くせ

3.率先避難者たれ

の3原則である。

そして、自衛隊は震災発生後には速やかに被災者のもとに駆け付け救助活動に入ることはできるが、災害発生前に住民の皆さんを救うことはできない。

そのため、まずは住民自らが命を守る意識を高めて欲しい、と説く。

何事もそうだが、社会運営の基本原則は「1.自助 2.共助 3.公助」だ。

すなわち、人はまず自ら努力する必要があり、次に共に助け合う必要があり、それでも難しい場合は公に助けを求める。

自衛隊は、必ず住民救助に駆けつけることを力強く宣言をした上で、自らも命を守る努力をする覚悟を持つことを求める。

植村の説く防災・減災の心構えはおそらくそのようなところであろう。

しっかりと心に刻んでおきたい。

では次に、その植村のキャリアと同期である32期の動向について、次ページ以降で詳しく見ていきたい。

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