楠見晋一(中央情報隊長・陸将補)|第33期・陸上自衛隊

楠見晋一(くすみ・しんいち)は昭和41年7月11日生まれ、福岡県北九州市出身の陸上自衛官。

防衛大学校第33期の卒業(電気)で幹候70期、出身職種は航空科であり、回転翼機(ヘリコプター)のパイロットだ。

平成30年8月(2018年8月) 中央情報隊長兼ねて陸上総隊司令部情報部長・陸将補

前職は東京地方協力本部長であった。

(画像提供:自衛隊東京地方協力本部公式ツイッター

2019年2月現在、陸上自衛隊が戦闘を行うに際し必要となる情報を一元的に収集し、またその情報の活用を検討する中央情報隊で隊長を務める楠見だ。

陸上総隊司令部の情報部長を兼ねる要職中の要職であり、その情報の範囲は地理情報、偵察情報といった一般的なものにとどまらず、作戦予定地域に情報収集員を送り込み、敵性勢力と接触し収集するような情報も含まれる。

早い話が、国内外のあらゆる脅威に関する情報を収集する、我が国でもっともおっかない情報部隊の一つであると言ってよいだろう。

あるいは当サイトも監視下にあるのではないかと、ちょっとドキドキしながら筆を進めている。

優しそうなお顔をされてるのに、エライコッチャ・・・

その楠見だが、これほどの要職にありながら自衛官を志したきっかけは「地本(地方協力本部)の自衛官に声を掛けられたから」という意外なものだ。

高校時代、自衛隊採用説明会が学校で開かれたのだが、それまで楠見は、防衛大学校という大学校が存在していることすら知らなかったそうだ。

進学を考える時期であったこともあり、何となく説明会に参加し、そのまま防衛大学校を受験して自衛官になったという。

ちなみに楠見は、福岡県北九州市の出身だが、この福岡県というのは実はダントツの「陸自王国」である。

そもそも、近畿在住である管理人(私)にとって、高校で自衛隊の採用説明会や防衛大学校の受験説明会が開催されるという時点で異次元の出来事だ。

概ね近畿圏は、特に管理人が生徒であった時代にはリベラル勢力が力を持っていたために、高校に自衛官が入ることすら許されなかっただろう。

そんな環境で育った管理人には、そんな福岡と楠見を羨ましく思うが、そんな影響もあるのだろう。

以前コチラの記事

【自衛官の出世と昇給】自衛隊で出世できる都道府県・できない都道府県

でもご紹介したのだが、陸上自衛隊の将官クラス排出人数は、もう笑ってしまうほどダントツに福岡県が多い。

2018年6月現在の数字だが、陸将・陸将補の出身地域別ランキングは

1位 福岡(15名)

2位 鹿児島(10名)

3位 東京都(7名)

などとなっている。

人口比を考えると、この数字はさらに際立ったものになるだろう。

そしてこの記事では、おそらく福岡や鹿児島では将官に昇る者が多いと言うより、幹部自衛官、さらには防衛大学校に進学する学生の数が多いのではないか、という推測で締めている。

そして楠見が自衛官になった経緯と併せて考えると、どうやらこの推測は正しそうだ。

大分を除く九州の各県では、自衛官や自衛隊という存在がとても身近にあり、職業選択の手段として極めて一般的である、ということではないだろうか。

改めて、非常に羨ましい思いである。

そして、いわば自衛官になるべくしてなった楠見だからこそだろうか。

そのキャリアも特筆するものがあり、なんと地方協力本部長に2回も着任している。

平成24年4月から務めた岡山地方協力本部長と、29年8月から務めた東京地方協力本部長だ。

このような配置が過去に遡っても異例かどうかまでは断言できないが、恐らく現役の自衛官で2回、異なる地本で本部長を務めた人というのは、相当レアなのではないだろうか。

このようなサイトをしていて、幹部自衛官のキャリアを多くストックしてるが、正直初めてみたような気がする。

これは言い換えれば、楠見がそれ程に自衛官の採用に長け、あるいは自衛官の再就職を援護し、また民間との架け橋である本部長ポストにおいて非常な力を発揮してきたということであろう。

優しそうな立ち居振る舞いに親しみやすい笑顔など、厳しい現場で任務をこなしてきた幹部自衛官でありながらこのように感じさせる余裕は、あるいは楠見の大きな武器であり魅力なのかも知れない。

では、そんな特徴的なキャリアを持つ楠見とはこれまで、具体的にどのような経歴を歩んできたのだろうか。

少し詳細に、その歩みを見ていきたい。

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