【退役】中原茂樹(なかはら・しげき)|第27期・航空自衛隊

中原茂樹は昭和35年10月生まれ、宮崎県出身の航空自衛官。

防衛大学校は第27期、幹候は73期の卒業だ。

平成29年12月(2017年12月) 中部航空警戒管制団兼入間基地司令・空将補のポストを最後に勇退となった。

前職は第3術科学校長兼芦屋基地司令であった。

【以下、2017年12月27日に加筆】

27期組の英傑がまた一人、自衛隊を去った。

航空自衛隊の空将補・中原茂樹(第27期)だ。

60歳手前にして、自毛とは思えないようなフサフサで真っ黒の髪であり、若々しさもまるで50歳手前を思わせるイケメンだった。

イケメンらしく、山口地方本部長を務めるなど一般市民との接点でも活躍をして、将官にまで昇り詰めた自衛官人生だった。

同期である丸茂吉成(第27期)の航空幕僚長着任に伴い退役となったが、その最後の補職は中部航空警戒管制団兼入間基地司令。

東北から四国までの広大な空域を警戒監視し、必要に応じスクランブルの要請を掛け、また要撃管制を実施するなど、我が国の政治・経済の中心地を守り抜いてきた組織だ。

また、兼補である入間基地司令職。

入間基地には中部航空方面隊司令部、航空救難団司令部、第2輸送航空隊、航空医学実験隊、第3・第4補給処、第1高射群本部などが所在する、航空自衛隊の基地の中でも極めて重要度の高い基地になっている。

誇り高い男の、最後の補職にふさわしいポストであったが、その最後の大仕事も完璧にやり遂げた。

仕事に一切妥協すること無く走り抜けた34年間の自衛官人生は、今から振り返ればきっと一瞬の出来事のように思われているのではないだろうか。

任務のことを考えなくても良い初めてのお正月だが、それでもきっと任務のことばかり考えて過ごしそうだ。

今はただ、その自衛官人生に最大限の賛辞と感謝の思いとを併せ、第2の人生でも成功されることをお祈りしたい。

本当にお疲れ様でした、ありがとうございました。

中原空将補のますますのご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

【以下、2017年10月4日に記述】

2017年10月現在、中部航空警戒管制団兼入間基地司令のポストにある中原だ。

警察官だった父の影響で「公に奉仕する仕事をしたい」と考え、地元宮崎の高校を卒業後に防衛大学校に進学。

防衛大学在籍中はハンドボール部に所属し、27期のキャプテンを務めるなど、若年期より目立つ存在であった。

昇進も非常に早く、1等空佐に昇ったのが平成14年1月。

航空自衛隊の入隊は昭和58年3月の27期であったので、27期組で1等空佐一番乗りの1選抜であった。

その後、1等空佐として空幕や情報本部など、中央の仕事を歴任し現場を離れるが、平成24年7月に久しぶりの現場仕事である北部航空警戒管制団司令に着任。

同12月には空将補に昇り、わずか数%しか到達することができない将官へと昇進した。

一方で27期組といえば、おそらく次の航空幕僚長を、2017年12月に誕生させることになるだろう。

航空幕僚長である杉山良行(第24期)が退役もしくは統合幕僚長に進むのがこの時であると見られているためで、その後任には丸茂吉成(第27期)・航空幕僚副長か、あるいは前原弘昭(第27期)・航空総隊司令官のいずれかが就任する可能性が高い。

おそらく前原になると予想しているが、いずれにせよ間を2つ飛ばし、24期の杉山から27期組に一気に代替わりすることになるだろう。

そうなれば、自衛隊の慣例に従い、原則として27期の同期組と、それ以前の25期、26期組にある将官たちは、その多くが退役となる公算が高い。

軍事組織である自衛隊は、その精強さを保つために常に若返りを図っているためで、また将官ポストには定員があることから、すでに今以上のポストに行く可能性が無くなった将官には、後進に道を譲ってもらうという制度だ。

どれだけ優秀であっても原則として例外のない過酷な早期退職制度だが、これもまた軍事組織の一つの在り姿になっている。

とは言いながら原則は原則として、2017年8月に行われた陸上自衛隊の幕僚長交代劇に際しては、その退役が予定されておらず、1年早まった人事であったことから、山崎幸二(第27期)の陸幕長就任にも関わらず、多くの27期組将官が現行ポストに残ることになった。

このように一部例外はあるものの、1選抜でスピード出世を果たし、空将補まで昇った中原も、あるいは2017年12月で、現行の職を最後に長年親しんだ航空自衛隊の制服を脱ぐことになるかもしれない。

さてその中原だが、2017年9月現在で補職されているポストは中部航空警戒管制団兼入間基地司令。

入間基地は文字通り埼玉県入間市にあるが、中部航空方面隊司令部が所在する他、航空総隊隷下の航空救難団司令部、航空支援集団隷下の第2輸送航空隊、航空開発実験集団隷下の航空医学実験隊、補給本部隷下の第3・第4補給処も拠点を置くなど、極めて重要性の高い基地だ。

首都を北朝鮮のミサイル攻撃から防衛する第1高射群本部も同基地に所在し、習志野、市ヶ谷、武山、霞ヶ浦に分屯基地を構え、PAC-3を運用し24時間365日体制で北の空を睨む。

多くの現場で豊富な経験を積み、また空幕を始めとした中央で多くの責任あるポストを歴任してきた中原にはまさに適任のポジションであり、ベテラン空将補にふさわしい誇りある仕事だ。

あるいはあと僅かになったかもしれないとは言え、その職責の重さはいっときたりとも蔑ろに出来るものではない。

その一方で、実務をこなす限られた時間の中で、その豊富な知識と経験をどのように後進に伝えていくのか。

最高幹部として果すべき大事な仕事が残っている。

ぜひ、全力を尽くし、これら責任ある仕事をやり遂げられることを、心から期待したい。

◆中原茂樹(航空自衛隊) 主要経歴

昭和
58年3月 航空自衛隊入隊

平成
6年1月 3等空佐
9年7月 2等空佐
14年1月 1等空佐
14年8月 防衛研究所所員
15年8月 航空幕僚監部人事教育部人事計画課総括班長
16年4月 航空幕僚監部人事教育部厚生課厚生班長
17年7月 航空幕僚監部服務室長
18年8月 自衛隊山口地方協力本部長
20年8月 防衛省情報本部
22年4月 航空教育集団総務部長
24年7月 北部航空警戒管制団司令
24年12月 空将補
26年8月 第3術科学校長兼芦屋基地司令
28年12月 中部航空警戒管制団兼入間基地司令
29年12月 中部航空警戒管制団兼入間基地司令のポストを最後に勇退

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省航空自衛隊 御前崎分屯地公式Webサイト(視察写真)

http://www.mod.go.jp/asdf/omaezaki/kunrengyouji/index.html

防衛省航空自衛隊 芦屋基地公式Webサイト(顔写真:機関紙あしやより)

http://www.mod.go.jp/asdf/ashiya/news_paper/28_back_number/index.html

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