佐々木孝博(ささき・たかひろ)|第30期・海上自衛隊

佐々木孝博は防衛大学校第30期(電気工学)卒業で37幹候の海上自衛官。

第30期の卒業なので、防衛省の公式発表はないが、おそらく昭和38年度の生まれであると思われる。

平成29年8月(2017年8月) 海上自衛隊幹部学校勤務・1等海佐

前職は海上自衛隊開発隊群指揮通信開発隊司令であった。

幹部に任官後、最初に指揮を執ったのは平成7年、当時の海上自衛隊最大の護衛艦であり、ヘリも搭載可能なDDHであったしらねの航海長である。

1980年に就役した艦であるが、当時としては5000トンを越える護衛艦は巨大なものであり、それゆえにVIPを待遇する船室をもち、また観艦式においては数多く観閲艦を務めるなど、その艦歴は栄光に満ちたものであった。

そのしらねに航海長として赴任し、幹部として初めて指揮を執ったことは、若手幹部として佐々木に掛ける期待がどれほど大きなものであったのか、窺い知ることができるであろう。

その後、複数の護衛艦で指揮を執った佐々木であったが、陸(おか)にあがると、その器用さと多方面に渡る才能を発揮する、海上自衛隊高級幹部としての活躍が始まる。

器用さをみせる最初の舞台はロシア。

在ロシアの防衛駐在官として赴任することになるが、防衛駐在官は昔で言うところの駐在武官だ。

なおかつその舞台はロシアであり、2017年現在でこそ日本との2国間関係は安定しているものの、110年余り前には正面戦争を行った相手である。

さらに70年ほど前には、2国間の不可侵条約を破り我が国の国土に侵入し、武装解除を進めていた将兵や腐女子を殺害。

かろうじて、占守島の戦いにおいて第91師団主力の精鋭が、上陸を仕掛けてきたロシア軍を海に叩き落としたことで北海道への侵攻を阻止することに成功したものの、北方4島は未だに未返還のままである。

良好な関係を維持しつつも、外交的には絶対信じてはならない相手であるロシアだが、その大使館に勤務し、その政情や軍事情勢、技術や部隊配備の動向に関し情報収集を行うこと、軍人同士での意思疎通を行うことは極めて重要な任務である。

ある意味では、在米の防衛駐在官よりも難しい仕事といえるだろう。

なお、記憶に新しい人も多いかもしれないが、元東部方面総監であり、陸将までも務めた泉一成(第18期)が退役後、駐日ロシア武官の求めに応じ、普通科の教練マニュアルなどをかつての部下である将官に依頼して入手・横流しした事件で、泉だけでなく現役将官までもが書類送検される事件が2013年に発生している。

資料自体の機密性は低く、そのため現役将官は懲戒免職とならずに自己都合による退職扱いとなる救済があったとは言え、防衛省と国民に与えたインパクトは極めて大きなものであった。

我が国の自衛官が海外に駐在する防衛駐在官の仕事は、このような諜報活動を始めとしたインテリジェンスに関わる仕事を行ってはいないという建前になっており、おそらく実際には別のポストにあるものが担っているものと思われるが、一方で我が国に駐在する諸外国の駐在武官はやりたい放題である。

おそらく泉自身も、資料の機密性がほとんど無いものであり、悪気はなかったのであろうと思うが、持ち出しが禁じられている資料を流出させるという行為自体が不適切であると言わざるをえない。

ロシアという国、その国の武官に対しどう接するべきなのか。

友好関係を構築しつつも、一線を引く場所は慎重に考慮しなければならない事件となった。

さてロシアからの帰国後、佐々木のキャリアは突然別人のものであるかのような、さらに多くの分野での才能を見せるものとなっている。

帰国後に最初に任されたポストは情報本部分析部課長。

さらに統幕のサイバー企画調整官に補職され、海幕の揮通信開発隊司令に着任するなど、情報戦部門での指揮官を歴任することになる。

この時期、「ロシアの安全保障における核戦略とサイバー戦略の類似性」など、同様の趣旨で講演活動に招かれることも多く、ロシア研究とサイバー戦の第一人者として自衛隊内外の評価が固まりはじめ、そして2017年9月現在の現職である、海上自衛隊幹部学校勤務となった。

おそらくこれは、幹部学校の教官として勤務する布石であり、情報戦やサイバー戦に関する知識や技術を後進に伝えるものであろう。

サイバー戦は21世紀型の冷戦とも言える、新たな戦闘空間に於ける水面下の戦いであり、この分野におけるエキスパートを育成する意義は極めて大きい。

佐々木にはぜひ、その器用さを活かしてさらに後進を指導育成し、その精強さをますます高めてもらうことを期待したい。

なおそのような佐々木のキャリアに上記の超小型護衛艦がどう関係あるのか。

実はこの可愛いヤツは、我が国で2艦だけ建造された小型護衛艦であるゆうべつであり、その排水量は1500トンにも満たない。

そしてこの小型護衛艦の第16代艦長こそ佐々木であり、船乗り人生の中で唯一の艦長経験となった。

艦載ミサイルを発射すれば、もはや艦橋まで一瞬で煙だらけとなる可愛い艦だが、小さな艦体にSSM発射筒4連装や短魚雷発射管3連装、ロケットランチャーに76mm速射砲も積む、なかなかにハリネズミのような武装を誇った護衛艦だ。

とはいえ、小さな艦に通常任務で必要となる武装のほとんどを搭載するのは、やはり運用上無理があったのであろう。

同型艦は2艦の建造が終わったところで計画が打ち切られ、その後地方隊向けの小型護衛艦は2000トン以上で建造されることになった。

いわば我が国の防衛政策の過渡期に生まれたかわいい護衛艦であったが、佐々木はその艦長を務めることができた、数少ない高級幹部の一人である。

むしろこちらの経験のほうが羨ましく、いろいろ話を聞いてみたいと思うのだが、ぜひ講演会で話してもらうことはできないだろうか。

諜報関係の部署に携わる佐々木のことなので、なかなか口は固そうだが、おそらく後5年もすれば30期組は退役を迎える年次となる。

退役後に、メディアなどでいろいろとその知見を披露してくれることを期待したい。

◆佐々木孝博(海上自衛隊) 主要経歴

昭和
61年3月 海上自衛隊入隊(第30期)

平成
7年8月 しらね航海長
8年8月 海上幕僚監部総務課兼副官
12年3月 しまゆき船務長兼副長
13年8月 ゆうべつ艦長
16年6月 在ロシア(兼在ベラルーシ)日本国大使館防衛駐在官
19年12月 情報本部分析部課長
21年12月 第8護衛隊司令
22年12月 統合幕僚監部指揮通信システム企画課サイバー企画調整官
25年3月 自衛隊広島地方協力本部長
27年3月 海上自衛隊開発隊群指揮通信開発隊司令
29年8月 海上自衛隊幹部学校勤務

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省海上自衛隊 開発隊群公式Webサイト(顔写真)

http://www.mod.go.jp/msdf/frdc/unit/csc.html

防衛省海上自衛隊 大湊地方隊公式Webサイト(ゆうべつ写真)

http://www.mod.go.jp/msdf/oominato/gallery/ships/yubetu/index.html

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