鬼頭健司(きとう・けんじ)|32期相当・陸上自衛隊

鬼頭健司は昭和39年8月16日生まれ、愛知県出身の陸上自衛官。

東京大学経済学部の卒業で、昭和63年3月に陸上自衛隊入隊であることから幹候は69期で、第32期相当ということになる。

出身職種は普通科。

平成29年3月(2017年3月) 陸上自衛隊幹部候補生学校長・陸将補

前職は中央即応集団副司令官であった。

2018年1月現在、陸上自衛隊幹部候補生学校長を務める鬼頭だ。

鬼頭が陸上自衛隊に入隊した昭和63年(1988年)といえば、まさにバブルの絶頂期。

日経平均が史上最高値を付けたのは1989年の12月27日で、日本に金が余りまくり、世界中が日本経済を羨み、また日本の強さに習おうとしていた時代にあたる。

民間に行けば20代でもすぐに1000万円プレイヤーになれる時代。

当然のことながら公務員になろうというものなどなかなかいない。

また、今から想像もつかないかもしれないが、当時は左翼勢力が全盛期であり、土井たか子氏擁する社会党が1989年の参議院議員選挙で自民党の議席を上回るなど、世の中はリベラル一色という時代であった。

日本政府によって既に、北朝鮮による日本人拉致事件の疑いを公式に追求していた時代にあってひたすら北朝鮮をかばい、日本政府によるでっち上げと批判していた政党がこれほどの力を持っていたことはにわかに信じがたいかもしれないが、これも一つの日本の歴史だ。

社会全体が左翼思想の陶酔感に浸っていたと言ってもいいだろう。

そしてそのような時代にあって、東大を卒業して陸上自衛隊に入隊をするなどというのは、よほど狂信的な右翼か、軍国主義的な変わり者と社会から見做されるという風潮だ。

それでも鬼頭は、その使命感から陸上自衛隊を選び、自分の信念を貫き、2017年現在で陸将補まで昇り詰めた。

その鬼頭のキャリアの中で目を引くのは、やはり平成12年7月から務めた、ゴラン高原派遣輸送隊隊長のポストだろう。

まだ若い3佐の時代、シリアとイスラエルの停戦を監視するUNDOF(国際連合兵力引き離し監視軍)の一環として部隊を率いたもので、鬼頭は第10次の隊長ということになる。

この際鬼頭は43名の部下を率い、国連部隊の一員として後方輸送任務を果たし部下全員とともに無事帰国。

陸上自衛隊の練度と規律の高さを世界に示しつつ、我が国の国益に大きく貢献する働きを見せた。

なおこのゴラン高原派遣輸送隊の初代隊長は、2018年1月現在で参議院議員・外務副大臣を務めている「ヒゲの隊長」こと佐藤正久である。

さて、その鬼頭の同期である32期の状況と昇任について詳しく見てみたい。

鬼頭が陸上自衛隊に入隊したのは昭和63年3月。

1等陸佐に昇ったのが平成19年1月なので、32期組1選抜(1番乗り)のスピード出世だ。

陸将補に昇ったのは平成26年12月であったので、こちらは同期1選抜に比べ1年4ヶ月遅れと言うことになったが、それでも堂々の、超がつく程のスーパーエリートである。

そして、2018年1月現在において、その32期組で陸将補の階級にあるエリートは、以下のものたちだ。

なお、32期組は2019年夏の将官人事で、最初の陸将が選抜される年次にあたる。

そのため陸将補が32期の最高位であり、トップエリートたちの名簿ということになる。

梶原直樹(第32期)・統合幕僚監部防衛計画部長(2013年8月)

大塚裕治(第32期)・陸上幕僚監部装備計画部長(2013年8月)

森下泰臣(第32期)・陸上幕僚監部人事教育部長(2013年8月)

堀井泰蔵(第32期相当)・第5旅団長(2013年8月)

中村裕亮(第32期)・陸上自衛隊研究本部幹事兼企画室長(2014年3月)

田尻祐介(第32期)・陸上自衛隊航空学校長兼ねて明野駐屯地司令(2014年8月)

鬼頭健司(第32期相当)・陸上自衛隊幹部候補生学校長(2014年12月)

木口雄司(第32期)・陸上自衛隊開発実験団長(2015年8月)

青木伸一(第32期)・西部方面総監部幕僚副長(2015年12月)

池田頼昭(第32期)・第10師団副師団長兼守山駐屯地司令(2016年3月)

※肩書はいずれも2018年1月現在。( )内は陸将補昇任時期。

※上記以外に、2017年12月に陸将補に昇任した斎藤兼一が32期と思われるものの、詳細不明のため一旦割愛する。

上記のように、32期でトップ集団を走るのは梶原、大塚、森下、堀井の4名。

順当に行けば、この4名が2019年夏に陸将に昇り、いずれかの師団長もしくは相当職に着任することになるだろう。

鬼頭の今後のキャリアについての予想だが、そもそもが、陸上自衛隊幹部候補生学校長のポストは、出世が約束されているスーパーエリートの指定席だ。

おそらく後職では陸幕の部長職に就くか、あるいはいずれかの方面隊で幕僚長に着任し、その後職で陸将に昇っていずれかの師団長に着任するというキャリアになるのではないだろうか。

一般大学卒業生として将官にまで昇ったスーパーエリートの鬼頭である。

その活躍には今後も注目し、そして応援していきたい。

本記事は当初2017年8月12日に公開していたが、加筆修正が重なったので2018年2月2日に整理し、改めて公開した。

なお、ここから下の部分は2017年8月に公開した当時のものをそのまま残している。

普通科一筋で叩き上げてきた鬼頭にとって、おそらく忘れがたい任務の一つといえばやはり東日本大震災であろう。

当時、鬼頭が補職されていたのは三重県津市に所在する第33普通科連隊長兼久居駐屯地司令。

震災発生と同時に直ちに現地入りし被災者の救助にあたり、平成23年3月入隊の新入隊員入隊式も出席できず、代わりに柿元隆浩副連隊長が式典を執り行ったほどであった。

震災翌日の3月12日から5月24日まで2ヶ月以上に渡り、不眠不休で被災者の救助と復興にあたった鬼頭以下600名の隊員。

多くの連隊が被災地を去る際には見送りの式典が開かれたにも関わらず、第33普連が被災地を去る際には何の行事も行われなかったというエピソードがある。

これは鬼頭が、部隊が展開していた宮城県岩沼市の井口市長に対し、「復興道半ばで戻ることになるので、静かに去りたい」と申し入れた事によるものだった。

井口市長は、自分たちの市だけ自衛隊に感謝していないような対応はできないと鬼頭を説得するが考えは変わらない。

やむを得ず何の式典も無しに見送ることになったのだが、いざ自衛隊が去る当日になると、市は一切広報しておらず、自衛隊から何のアナウンスが無かったにも関わらず自然発生的に多くの市民が33普連の見送りに集結する。

最終的に100名を越える市民が復興の手を止め鬼頭以下600名の見送りに駆けつけ、地元小学生が手作りの感謝状を贈呈するなど、静かながらも逆に感動的なセレモニーとなった。

様々な信念と思いを重ねて自衛隊生活も30年になった鬼頭。

2017年8月現在で補職されているのは、鬼頭自身が「心のふるさと」と呼ぶ前川原(陸上自衛隊幹部候補生学校)だ。

その校長として、すっかり校長らしい風貌になり、30年ぶりに戻ってきたことになる。

若い士官候補生たちに立派な初級幹部教育を受けさせ、育てる責任者だが、この東大出身の才知と優しさ、そして強い信念を兼ね備えた男にとってまさに適任といえるポジションであろう。

余談だが、陸上自衛隊幹部候補生学校には距離にして5.6km、高低差156mの登山マラソンを行う伝統がある。

30分以内(女子は35分30秒以内)にゴールしなければ落第となり再挑戦となる厳しい課目だが、2017年も8月7日に開催された。

このコースで好記録を出したものは「歴代10傑」として、陸上自衛隊幹部候補生学校で顕彰されるが、その歴代1位は1966年に当時在校生だった円谷幸吉。

言わずと知れた1964年の東京五輪マラソン銅メダリストだが、さすがに円谷が出した18分9秒というタイムは、50年以上が経過した今日でも破られていない。

この試練の課目を30年ぶりに「指導監督」する立場で立ち会った鬼頭であったが、「同じ試練を共に戦うことで、同期の絆が強くなる」と、若い士官候補生たちに優しい視線を向けた。

バブルの時代に物欲には目もくれず、陸上自衛隊と我が国の安全保障に貢献することを一生の仕事にすると決めた高潔な男だ。

その男が校長を務めた2017年度からは、きっと鬼頭の精神を受け継ぐ、30年後の素晴らしい最高幹部が誕生するに違いない。

◆鬼頭健司(陸上自衛隊) 主要経歴

昭和
63年3月 陸上自衛隊入隊(第32期相当)

平成
1年3月 第30普通科連隊(新発田)
6年3月 普通科教導連隊(滝ヶ原)
10年8月 第32普通科連隊中隊長(市ヶ谷)
11年1月 3等陸佐
12年7月 第10次ゴラン高原派遣輸送隊隊長
13年2月 第1師団第3部訓練班長(練馬)
14年7月 2等陸佐
14年8月 陸上幕僚監部運用支援課
19年1月 1等陸佐
20年8月 陸上幕僚監部教育訓練部教育班長(市ヶ谷)
22年8月 第33普通科連隊長兼久居駐屯地司令(久居)
24年7月 陸上幕僚監部監理部総務課長(市ヶ谷)
26年12月 中央即応集団副司令官(座間) 陸将補
29年3月 陸上自衛隊幹部候補生学校長(前川原)

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 幹部候補生学校公式Webサイト(卒業式画像、プロフィール画像、教育風景)

http://www.mod.go.jp/gsdf/ocsh/saisinnjyouhou06.html

http://www.mod.go.jp/gsdf/ocsh/saisinneigo.html

http://www.mod.go.jp/gsdf/ocsh/kyouikujyoukyou.html

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コメント

  1. とあるミリオタ より:

    防衛副大臣と記述がありますが、佐藤正久氏は外務副大臣では?