宮川正(内閣衛星情報センター所長・元空将)|第26期相当・航空自衛隊

宮川正は昭和34年9月生まれ、長野県出身の航空自衛官。

日本大学法学部を卒業し、昭和57年3月に航空自衛隊に入隊した幹候72期生であり、第26期相当ということになる。

平成30年7月20日 内閣衛星情報センター所長・元空将

平成29年12月20日(2017年12月20日)に、第8代情報本部長・空将のポストを最後に退役した最高幹部で、半年ぶりに国防の現場に戻ってきたことになる。


(画像提供:航空自衛隊西部航空方面隊公式Webサイト

再び、宮川の記事を書けることをとても嬉しく思っている。

というのも、もし管理人が「一番好きな自衛官は?」と聞かれれば、即答で山之上哲郎(第27期)!とお答えするのは、あるいはいつも読んで頂いている読者の方であれば知って頂いているかも知れない。。

その一方で、もし「一番すごいと思う自衛官は?」と聞かれれば、即答で5人ほどの名前が出てくると思うが、そのうちの一人が間違いなく、この宮川だからだ。

なおこの宮川の記事については、自衛官としての身分で内閣衛星情報センター所長に着任したわけではないので、自衛官時代の記事は

【退役】宮川正(みやがわ・ただし)|第26期相当・航空自衛隊

のままで、残した状態にしている。

あくまでもここでは、内閣衛星情報センター所長という仕事と併せて、宮川のセカンドキャリアをお話する記事にしていきたい。

さて、内閣衛星情報センター所長としての宮川だが、そのお話を始める前に改めて、宮川の何を管理人がそんなにすごいと思っているのか。

少しおさらいをしておきたい。

宮川は先述のように、日大を卒業し航空自衛隊に入隊したいわゆるU幹だ。

なおかつ学部も法学部であり、一般に理系が有利とされる航空自衛隊では、入隊当時からハンディキャップとも言うべき学歴である。

将来、出世するだろうと予感させる要素は何一つ無いと言っても言い過ぎではないだろう。

しかし宮川は、入隊直後からその抜きん出た能力を、すぐに発揮し始める。

航空学生や防衛大学校卒業生にとっても超難関である、F-15戦闘機のパイロット要員として抜擢されると、厳しい訓練にも耐え抜き、昭和61年6月、第2航空団の201飛行隊に配属。

なお第2航空団は北海道の千歳に所在する航空団であり、冷戦時代から我が国の国境の最前線の防衛にあたった部隊だ。

なおかつ、F-15戦闘機の部隊として61年3月に再編された直後での配属であり、宮川はその栄誉ある立ち上げメンバーとして、部隊の歴史を刻み始めた。

その後は、もはや何から話しても良いのかもわからないほどに、極めて充実した自衛官人生を送る。

防衛の最前線で、戦闘機パイロットとして日夜スクランブルに上がる厳しい任務をこなした後、エリート中のエリートの代名詞と言ってもよいだろう、米国防衛駐在官として米国に赴任。

さらに現場指揮官としては、21世紀の新たな国境の最前線となった第83航空隊(現・第9航空団)で司令に着任。

中国人民解放軍の理不尽な振る舞いを正面から受け止める那覇にあって、指揮官として非常にタフな任務をこなした。

さらに平成25年8月には、空将に昇り、西部航空方面隊司令官に着任する。

言うまでもなくこの頃は、中国人民解放軍や北朝鮮の軍事的挑発が加熱の一歩を辿っていた頃だ。

若き士官の時代は、冷戦の残り香の中を北海道の最前線で対ソ連(ロシア)の激務をこなし、将官に昇ってからは、新たな国防の最前線に立ち、中国・北朝鮮に対する抑止力として人生の全てを捧げた。

さらにもちろん、米国防衛駐在官を任されるような幹部である。

中央でも、空幕や統幕の要職を歴任し、積み上げた我が国の平和と安全に対する貢献は、とても語り尽くせるものではない。

そして平成29年12月、情報本部長・空将としての任務を最後に、制服を置くことになった。

これほどのキャリアを誇り、また国防の最前線で飛び、指揮を執るなど、我が国で宮川以上の実績と経験がある航空自衛官がどれほどいるのか。

そう思っていた管理人は心から、U幹(一般大学出身者)からは、事実上の初※となる航空幕僚長が誕生するのではないかと、期待をしていた。というよりも、そう確信していた。

【※注】

旧軍と防衛大出身者の端境期となった1980年代には、2名の一般大卒業生の空幕長がいる。

しかし残念ながら、その期待は叶わず、2017年12月に航空自衛隊を去った宮川だったが、ここに来てまた、国防の最前線に戻ってきたのである。

これが、1ファンとして興奮しないわけがないだろう。

本当に嬉しく思っている。

本題に入りたい。

その「内閣衛星情報センター所長」とは、どれほどすごい仕事なのかについてだ。

名前からして、「どうせ田舎の山奥にあるような、名誉職の閑職でしょ?」と思われた人がいるかも知れない。

トンデモないことだ。

このポストはある意味で、「宮川伝説」にまた一つ、新たなページが加わった程に、我が国の平和と安全を直接担うすごいポストである。

では、そのポストとはどのような仕事をするものであり、また何がすごいのか。

次ページで解説していきたい。

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