【退役】内田雄三(うちだ・ゆうぞう)|第29期・防衛装備庁調達総括官

内田雄三(うちだ・ゆうぞう)は昭和37年11月生まれ、宮崎県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第29期の卒業で幹候66期、出身職種は武器科だ。

令和元年8月23日(2019年8月23日) 防衛装備庁調達事業部調達総括官・陸将補のポストを最後に勇退となった。

前職は陸上自衛隊中央業務支援隊長兼市ヶ谷駐屯地司令であった。


(画像提供:陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地公式Webサイト


(画像提供:陸上自衛隊公式Webサイト

我が国と世界の平和を裏方から支え続けてきた男が1人、静かに自衛隊を去った。

防衛装備庁調達総括官を最後に勇退となった、内田雄三・陸将補だ。

退役の付日は2019年8月23日。

まだ退役の日から3日であり、おそらくまだ、実感の無い朝を迎えているのではないだろうか。

折に付け、当サイトでは書かせて頂いていることだが、管理人(私)は決して、自衛隊の偉い幹部のご活躍だけをご紹介したいわけではない。

叶うのであれば、1人でも多くの曹士の皆様についても、そのご活躍をご紹介したいと思っている。

そしてそれと同等に、裏方にあって、本当に目立たないところで日々任務に励んでいる職種の皆様のご活躍もご紹介したいと願っている。

内田の退役記事を書くにあたって、本当にその思いを強くしている。

内田が陸将補に昇ったのは、平成26年であった。

以来、東北方面補給処長、中央業務支援隊長兼市ヶ谷駐屯地司令、防衛装備庁調達事業部調達総括官と、我が国の国防と国民の生命と財産を護る要職を歴任してきたにも関わらず、その活躍を伝えるmod(防衛省)の公式記事はほとんどない。

戦闘職種の部隊長であれば、2佐クラスでもその活躍を伝える記事は、いとも簡単に見つかるにも関わらずだ。

おそらくこれは、戦闘職種という性質上、国民の理解を得るために常に国民の近いところにあって、その存在感を感じてほしいという防衛省の想いの現れなのだろう。

先の大戦に敗れ、国民の心が軍(自衛隊)から離れた期間が長かったことの裏返しなのかもしれない。

だからこそ、有事の際には直接実力を行使する可能性がある戦闘職種については、積極的に国民の前にその姿を見せているように思われる。

しかし、今や国民ももはや、自衛隊に無理解である時代ではない。

多くの国民が、国防のためには戦闘職種だけでなく、多くの裏方にある職種の存在が大事であることを強く認識している。

特に陸自の場合、2018年3月から始まった陸自大改革を受けて、後方支援職種の果たすべき役割はますます増大するばかりだ。

であれば、戦闘職種ばかりではなく、後方支援職種にある幹部の活躍をこそ、もっと発信しても良いのではないだろうか。

これは何も、幹部本人のためではない。

その活躍を支えるご家族の誇りのために、後に続く幹部曹士のために、そして何よりも、新たに国防を志す若い人材に、後方支援職種にも魅力を感じて貰うためにもだ。

戦闘職種の重要性を、今ここで論じる必要はないだろう。

その上で、実際の戦闘では、正面にある敵の戦闘部隊よりも、時には後方にある補給部隊や、兵站を担う輸送部隊から攻撃を受けるのが戦いのセオリーでもある。

そしてそこから破られたら、戦闘職種も壊滅してしまう事実を、私たち日本国民は高い代償と共に嫌というほど学習した。

だからこそ、現在の自衛隊は兵站や補給に相当な重きをおいて、組織を編成している。

であれば、後方支援職種にももっともっと、注目が集まるように工夫をして欲しいと願っている。

2019年5月に開催された、第1師団の創立57周年記念行事では、まさにその後方支援職種を含めて「部隊紹介」という形で国民の前に勢揃いした。

詳細はこちらの記事から確認してほしいが、これは従来の自衛隊のイベントから考えて、相当に画期的な出来事である。

なお、この記念行事を指揮した当時の第1師団長、竹本竜司(第31期)は、この夏の人事異動で陸上幕僚副長に昇っている。

あるいはそう言った意味からも、「自衛隊で活躍するのは、戦闘職種だけではない」という「空気」が大きくなり始めているのかも知れない。

ぜひ竹本には、この後、方面総監、陸上幕僚長と要職に昇り続け、一人でも多くの隊員が自身の職種に、さらに大いなる誇りを持って任務に励める環境を整えて欲しいと、心から願っている。

内田が裏方の任務に尽力し、人生をかけていた頃は、必ずしもそのような時代では無かったかも知れない。

しなしながら、今や自衛隊を応援する国民のリテラシーもどんどん上がり続け、後方支援職種の活躍を多くの国民が知ることになった。

そのご活躍をしっかりとご紹介できなかったことは内心忸怩たる思いだが、管理人(私)の思いなど関係なく、これからますます、縁の下の力持ちである、後方支援職種にこそ、注目が集まっていくだろう。

それも全て、内田のように優れた先人たちの積み上げた実績があるからこそである。

その誇りある自衛官人生に、心からの敬意と感謝を申し上げたいと思う。

内田陸将補、本当に長い間、お疲れさまでした。ありがとうございました。

急に任務のなくなった毎日は少し頼りない日々になるかも知れませんが、少しの休息を取られた後に、更に活躍して頂くことを多くの国民がご期待申し上げています。

第二の人生でも、自衛官人生と同等か、それ以上のご活躍をされますことを、心からお祈り申し上げています。

本当に、お疲れさまでした。

ありがとうございました。

(2019年8月26日 最終更新)

◆以下、2019年4月までに更新した記事

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2019年4月現在、防衛装備庁調達事業部調達総括官を務める内田だ。

現役将補では、最後から2番目の遅いご紹介となる。

それにはもちろん訳があり、この内田。

陸上自衛隊、ひいては我が国の平和と安全を根幹から支える要職を歴任してきた自衛官生活の中で、そのほぼ全てが裏方の仕事となっているからだ。

そのため、modドメイン(防衛省公式サイト)で、内田が僅かでも写り込んでいる写真を全く見つける事ができずに、そのうち見つかるのではないかと待ち続けて、今日に至ってしまった。

しかしながら、2018年夏の将官人事以降、内田の同期である29期組陸将補の多くが勇退を始めてしまっている。

これは、29期組の陸上幕僚長候補がすでに絞り込まれた事による人事だが、そのため内田も、あるいは2019年度中に退役になってしまうのではないか。

そんな危機感から、今回画像なし(イメージ画像)で、記事を書かせて頂くことにした。

そのため内田の記事で使用させて頂くのは、内田がこれまで歴任してきた要職に現在ある幹部か、もしくはその職種の演習などの画像を使用させて頂いているものである。

なおページ冒頭の凛々しい部隊長の画像は、内田も隊長を務めた東部方面後方支援隊の第101全般支援隊長のものである。

同ポストは2佐職なので、もちろん現在の内田の画像ではない。併せてご注意して欲しい。

さて前提が長くなったが、防衛装備庁調達事業部調達総括官という、極めて重要なポストを担う内田である。

といっても、一般人には全く知られておらず、おそらくこれまでも、これからも、ニュースになるこそすら無い裏方中の裏方ポストだ。

但し、言うまでも無く極めて重要なポストであり、その職責は我が国の命運を左右すると言ってもよいほどの重い責任を背負う。

なお組織で言うと防衛装備庁の所属となり、防衛装備庁長官直轄の調達事業部で、部長に次ぐNo2のポストにあたる。

その職務は、装備品の調達実務を現場を知り尽くす装備の専門家の立場から統括するもので、
・予定価格の算定
・契約の締結
・契約履行の促進
・地方防衛局が行う監督・検査の総括

と言ったものを、長年に渡り積み上げた知見で包括的に統括する。

いわば、自衛隊が精強であるために、装備品や調達品が予定通り、予定の場所に、予定の内容で届けられるかどうかに責任を持つ最高幹部ということになる。

兵站の実務を担ってきた内田の自衛官生活を締め括る上で、これ以上無い最高に名誉ある要職であると言って良いだろう。

では、そんな重い責任を背負う内田はこれまで、どんなキャリアを積み上げてきた幹部なのか。

少し詳細に見ていきたい。

その内田が陸上自衛隊に入隊したのは昭和60年3月。

1等陸佐に昇ったのが平成16年1月なので、29期組1選抜のスピード出世だ。

陸将補に昇ったのが26年8月だったので、1等陸佐を10年に渡り務め十分に現場を知り尽くした上での、非常に頼もしい陸将補昇任であった。


(画像提供:陸上自衛隊第1師団公式Webサイト


(画像提供:陸上自衛隊公式Webサイト

そのキャリアでは、武器の専門家としての知見から、兵站部門・後方支援部門のキャリアが非常に長い。

2等陸佐の時には、東部方面後方支援隊隷下の第101全般支援隊において、装備品の補給及び整備の責任者である隊長を経験。

1等陸佐に昇任後は、第8師団のあらゆる後方支援任務の責任を担う第8後方支援連隊長にも着任した。

さらに中央では、陸幕の武器・化学課長や中央業務支援隊長といった要職を歴任するなど、政策・実働の双方において、あらゆる兵站部門の指揮を任されてきた、兵站の本物のエキスパートである。

このような、装備・調達品のあらゆる流れを知り尽くす内田だ。

陸将補に昇り、防衛装備庁調達事業部の調達総括官を任されたのは極めて適任の人事であっただろう。

この要職においてもきっと、大きな成果を挙げ続けてくれるに違いない。

なお、その内田と同期である29期組の動向についてである。

先述のように、29期組はすでに、将官に昇らなかった幹部が定年退官を迎える年齢にあたり、陸将補の一部でも勇退が始まっている年次にあたる。

それはすなわち、29期組の陸上幕僚長候補がすでに絞り込まれたからに他ならないからだが、2019年4月現在において、その陸上幕僚長候補たる陸将は、以下の幹部となっている。

上尾秀樹(第29期)・東北方面総監(2016年7月)

高田克樹(第29期)・東部方面総監(2016年7月)

本松敬史(第29期)・西部方面総監(2016年7月)

納富 中(第29期)・防衛大学校幹事(2016年7月)

柴田昭市(第29期)・防衛装備庁長官官房装備官(2017年3月)

山内大輔(第29期)・陸上自衛隊補給統制本部長兼ねて十条駐屯地司令(2017年3月)

清田安志(第29期)・統合幕僚学校長(2017年8月)

岩村公史(第29期)・第9師団長(2018年8月)

権藤三千蔵(第29期)・陸上自衛隊関東補給処長兼ねて霞ヶ浦駐屯地司令(2018年8月)

※肩書はいずれも2019年4月現在。( )は陸将昇任時期。

以上のような状況となっており、中でも29期の陸幕長候補は、本松、上尾、高田の3名に絞り込まれたと言って良いだろう。

あるいは山崎幸二(第27期)・第36代陸上幕僚長の後任が28期組である湯浅悟郎(第28期)から選ばれたために、29期組からは陸幕長が誕生しない可能性もあるが、こればかりは最後は運も左右する。

外野からは、楽しく見守りながら、重責を担う全ての幹部に最高のエールを送り続けたい。

内田については、決して目立つことがない要職を歴任し、そしてきっと、現職が最後の補職となって、長かった自衛官生活を終えることになるだろう。

しかしながら、これほどまでに裏方に徹し、最高の仕事を積み上げてきた兵站のプロが居ることを、どうか記憶にとどめて欲しい。

内田のような後方支援を担う本物のプロが居るからこそ、自衛隊は機能し、日本の平和と安全が守られていることに、どうか改めて思いを馳せて欲しい。

そして最後までその活躍に注目し、熱い応援と声援を送り続けて貰えれば幸いだ。

※文中、自衛官および関係者各位の敬称略。


(画像提供:陸上自衛隊第1師団公式Webサイト


(画像提供:防衛省公式Webサイト 中央業務支援隊集合写真)

◆内田雄三(陸上自衛隊) 主要経歴

昭和
60年3月 陸上自衛隊入隊(第29期)

平成
8年1月 3等陸佐
11年7月 2等陸佐
13年3月 陸上幕僚監部装備課
14年3月 第101全般支援隊長
16年1月 1等陸佐
16年8月 幹部学校付
17年8月 幹部学校教官
17年12月 陸上幕僚監部教育訓練部教育訓練計画課器材・演習場班長
19年12月 第8後方支援連隊長
21年12月 中部方面総監部装備部長
23年12月 陸上幕僚監部装備計画部武器・化学課長
26年8月 東北方面補給処長 陸将補
28年7月 陸上自衛隊中央業務支援隊長兼市ヶ谷駐屯地司令
30年3月 防衛装備庁調達事業部調達総括官

令和
元年8月23日 防衛装備庁調達事業部調達総括官のポストを最後に勇退

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