早崎和寿(第36普通科連隊長・1等陸佐)|第36期・陸上自衛隊

早崎和寿(はやさき・かずき)は防衛大学校第36期卒業の陸上自衛官。

幹部候補生学校は第73期で、職種は普通科だ。

生年月日は判明しないが、第36期はストレートの場合、昭和44年度生まれの年次にあたる。

平成29年3月(2017年3月) 第36普通科連隊長・1等陸佐

前職は第3陸曹教育隊長であった。

なお、第36普通科連隊長としての指導方針は以下の通り。

【連隊長要望事項(隊員共通)】

それぞれの持ち場で最善を尽くせ

常に「目的」を意識せよ

【連隊長要望事項(各級指揮官)】

関心(問題意識)を示せ


(画像提供:陸上自衛隊第36普通科連隊公式Webサイト


(画像提供:陸上自衛隊第36普通科連隊公式Webサイト

2018年9月現在、兵庫県伊丹市の伊丹駐屯地に所在する、第36普通科連隊長を務める早崎だ。

伊丹駐屯地は、方面総監部が所在する中部方面隊の中核となる駐屯地だが、南西方向に直線距離でおよそ1.5km程だろうか、第3師団司令部が所在する千僧駐屯地がある。

さらに、伊丹駐屯地から2kmほど北の方には川西駐屯地が所在するなど、伊丹駐屯地周辺は、徒歩圏内に陸自の駐屯地が3つも密集している。

自衛隊ファンには堪らないシチュエーションだ。

そんなこともあり、この基地周辺では少し珍しい光景が見られる。

もう10年近く前のことなので記憶が定かではないのだが、第3師団(千僧駐屯地)の記念行事か中部方面隊(伊丹駐屯地)の記念行事のどちらかに出掛けた際。

少し早く着きすぎたので、最寄りのコンビニで買物をしていると、小銃を携行した凛々しい赤マフラー(普通科)が整列し、国道脇の歩道を行進するレアな光景に遭遇した。

おそらく状況から考えて、伊丹の36普連が中部方面隊の記念行事のために、伊丹駐屯地から千僧駐屯地まで徒歩行進していたところに遭遇したのだと思われるが、通常まずみられないシチュエーションだ。

今も中部方面隊の記念行事の際に、同様の移動をしているのかは定かではないが、興味があれば伊丹から千僧までのルート上で早めに張り込んでいれば、見られるかも知れない。

なお平成30年度の中部方面隊記念行事は、10月7日となっている。

この記事の更新から10日ほど後のタイムリーな時なので、是非参考にして欲しい。

さて、その伊丹駐屯地に所在する36普連を率いる早崎だ。

駐屯地そのものは兵庫に在るが、その担当は北摂(大阪北部)地域となっている。

政経中枢師団と呼ばれる第3師団の中核となる部隊の一つで、政治・経済の中心である阪神地区をあらゆる脅威から守る。

それはもちろん、自然災害の際も同様であり、特に1995年に発生した未曾有の都市直下型地震、阪神大震災の時の活躍は顕著なものであった。

時の連隊長は、もちろん既に退役されているが、黒川雄三・1等陸佐(当時)。

この震災にあっては、政府からも地元自治体からも災害派遣要請が全く発せられない中で、自衛隊法83条3項の「近傍派遣条項」を活用し、黒川1佐の独断で36普連が被災地に駆けつける。

なおこの時、震災発生が早朝5時46分。地元自治体からの災害派遣要請が午前10時頃と大きく出遅れたのに対し、黒川1佐が部隊を動かしたのは、実に午前7時30分だ。

さらに阪神大震災の場合、その犠牲となった6400名以上の方の死因は、8~90%が建物の倒壊などによる圧死であった。

そのため、もっと早く災派(災害派遣)要請が出されていれば、おそらくさらに多くの人命を救えたはずだ。

黒川1佐の英断は非常に優れたものであり、また36普通科連隊の働きも非常なものがあったが、どれだけ時が流れても、部隊に引き継がれる魂や伝統はますます輝きを増している。

今も当時と変わらず、連隊長に着任するものは細心大胆で勇猛な1等陸佐ばかりであり、その隷下にある幹部曹士は皆例外なく精強だ。

そして私たち国民の平和と安全を守るために、日夜厳しい訓練に励んでいる。

では、そんな36普通科連隊の連隊長として精強な部隊を率いる早崎とは、どんなキャリアを歩んできた幹部なのか。

少し詳細に見ていきたい。

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