末永政則(すえなが・まさのり)|第39期・統幕防衛計画部

その末永が陸上自衛隊に入隊したのは平成7年3月。

1等陸佐に昇ったのが平成26年1月なので、39期組1選抜(1番乗り)のスピード出世だ。

原隊(初任地)は岩手に所在する第9戦車大隊で、同地で初級幹部として、厳しい自衛官生活のスタートを切った。

(画像提供:陸上自衛隊第42即応機動連隊公式Webサイト

その後職種部隊では、多くの幹部自衛官が思い出深いポストとして騙ってくれる中隊長ポストを富良野の第2戦車連隊で、連隊長ポストを北熊本に所在する第42普通科連隊長でそれぞれ上番。

その第42普通科連隊長在任中に陸自大改革が実施され、そのまま第42即応機動連隊長に着任した形だ。

またその間、中央では、初代となる統合幕僚副長で海将の加藤保(第17期)、2代目である陸将の泉一成(第18期)の副官として仕えるという、なんともコメントしづらい微妙なキャリアも経験。

防衛部防衛課防衛班や人事部補任課などでの勤務を経て、班長ポストは防衛部防衛課の防衛班長で務めた。

その他、幹部候補生学校の区隊長を務め、また留学はCGSC学生として米国に留学するなど、印象的なキャリアを順調に積み上げている。

そして平成30年12月、統合幕僚監部防衛計画部防衛課付に異動になり、大仕事の後に中央に呼び戻された形だ。

おそらく近いうちに新たなポストが発令され、さらに重い責任を担っていくことになるのではないだろうか。

なお余談だが、意外なようだが国防の最前線を護る、第42即応機動連隊とその前身である第42普通科連隊について。

これら連隊長ポストをつとめた過去27名の幹部からは、陸上幕僚長に昇った幹部がいない。

また現職に限ってだが、第42普通科連隊長経験者で将官にある幹部も、2019年4月現在では皆無だ。

過去の人事はともかく、2000年代以降の西部方面隊、第8師団、第42普通科連隊の役割を考えると、その連隊長職は非常に重いものであった。

そのことを考えると、やや意外な気がしないでもないが、2019年4月に陸上幕僚長に着任した湯浅悟郎(第28期)は、7代15年ぶりとなる、西部方面総監からの昇格だ。

そういった意味では、あるいはこれからどんどん、この新たな国防の最前線を経験した幹部が、更に活躍の場を広げていくことになるのかも知れない。

では最後に、その末永と同期である39期組の人事の動向について・・・

ご紹介したいところなのだが、39期組は2020年夏の将官人事で、最初の陸将補が選抜される年次だ。

そのためそのご紹介は割愛し、新たに陸将補が選抜された頃あいに加筆をしていきたい。

いずれにせよ、末永を始めとした39期組は、この先2030年代にかけて我が国の国防の中心になって活躍していってくれる年次だ。

その動向にはこれからも注視し、そして応援していきたい。

※文中、自衛官および関係者各位の敬称略。

(画像提供:陸上自衛隊フェイスブック公式Webサイト

◆末永政則(第39期) 主要経歴

平成
7年3月 陸上自衛隊入隊(第39期)
7年10月 第9戦車大隊運用訓練幹部戦車小隊長通信小隊長(岩手)
14年 月 幹部候補生学校区隊長(前ヶ原)
15年 月 幹部学校付#49指揮幕僚課程学生(目黒)
17年 月 第2戦車連隊中隊長(上富良野)
18年3月 統合幕僚監部総務部統合幕僚副長副官(市ヶ谷)
19年 月 統合幕僚監部運用部第1課防衛警備係副官(市ヶ谷)
21年 月 中央情報隊本部付米国留学(CGSC学生)(市ヶ谷)
22年 月 陸上幕僚監部防衛部防衛課防衛班先任 業務計画班次年度係(市ヶ谷)
26年1月 1等陸佐
26年3月 陸上幕僚監部人事部補任課人事1班長補佐(市ヶ谷)
27年4月 陸上幕僚監部防衛部防衛班長(市ヶ谷)
29年3月 第42普通科連隊長(北熊本)
30年3月 第42即応機動連隊長(北熊本)
30年12月 統合幕僚監部防衛計画部防衛課付

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