末永政則(すえなが・まさのり)|第39期・統幕防衛計画部

末永政則は昭和47年8月21日生まれ、広島県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第39期の卒業で幹候76期、職種は機甲科だ。

平成30年12月(2018年12月) 統合幕僚監部防衛計画部防衛課付・1等陸佐

前職は初代となる第42即応機動連隊長であった。

(画像提供:陸上自衛隊フェイスブック公式Webサイト

(画像提供:陸上自衛隊第42即応機動連隊公式Webサイト

2019年4月現在、統合幕僚監部防衛計画部防衛課付として、陸海空3自衛隊の統合運用に力を尽くす末永だ。

末永については、第42普通科連隊長から2018年3月の陸自大改革を経て、第42即応機動連隊の初代連隊長に着任したことで知られる。

そのポストが前職であったので、現場での大仕事にひと区切りをつけ、中央に活躍の場を変えてさらに重い責任を担っているという形だ。

やはりその末永については、陸自大改革の目玉となった第42即応機動連隊長時代の活躍をなしには、語れないだろう。

即応機動連隊はご存知のように、単一の職種(兵科)から構成される部隊ではなく、平時から諸職種により混成され、戦闘団に近い作戦遂行能力が期待され編成された部隊になっている。

その構成は第42普通科連隊を基幹として、第8戦車、特科、高射の各隊からも一部を吸収し、即応性を高めながらも十分な火力も運用できる能力を併せ持つ。

そして、火力戦闘の中心となるのはやはり16式機動戦闘車だ。

履帯でなく車輪で移動をするために高速走行が可能な一方で、その主砲は74式戦車と同等の火力を持ち、空中輸送も可能であるなど機動力と攻撃力をバランスよく併せ持つ。

もちろん、2019年現在で比較した主力戦車としての攻撃・防御能力を持ち合わせるものではないが、敵性勢力が現実に我が国に上陸させ得る初期戦闘力の排除を想定した場合には、非常に強力な抑止力になるだろう。

ある意味で、島国である我が国の国土防衛に特化した、日本らしいガラパゴス兵器と言えるかも知れない。

またこれら装備と組織再編は、ある意味で2019年現在の、陸自を取り巻く厳しい予算状況を表すものだ。

自衛隊では、F-35戦闘機の導入に加え、護衛艦いずもを改修し空母化する計画があるなど、海空を中心に非常に大きな装備の更新が控えている。

もちろんこれら装備は、初期コストだけでなくランニングコストでも我が国の防衛費の構図を大きく変えるだろう。

そのような中で、いわば割りを食ってるのが陸自であり、特に機甲科と野戦特科の装備を中心に、その削減は極めて厳しい状況にある。

しかし、装備と人員、予算を削減されても、「今以上に精強な戦力を維持せよ」と要求されればどうすればいいだろうか。

その難しい要求に陸自が出した答えが、「戦力の集中」と「機動力の向上」であった。

戦力の集中は、削減された各部隊を方面隊直轄に集約し、戦力基幹となる火力の維持をしようとするもの。

機動力の向上は、戦闘の初期段階で敵性勢力を制圧できるよう軽武装高機動力の即応部隊を再編して、あらゆる事態に対応できる体制を整えたものだ。

そして初期戦闘で十分な対応力を確保しながら、部隊主力となる火力の投入を企図するというのが現在の戦闘スタイルだが、その初期戦力が敗れれば後はどうにもならない。

そしてその初期戦闘を担う基幹となるのが、この末永が初代の連隊長を務めた即応機動連隊であった。

今後数十年に渡る我が国の安全保障体制に端緒を付けたという意味では、その活躍は特筆するべきものであり、今後の活躍に益々期待が高まる幹部の一人であると言ってよいだろう。

では、そんな重要な役割を担った末永とはこれまで、どのようなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。

少し詳細に、その経歴を見ていきたい。

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