【コラム】次期統合幕僚長人事予想(第31代・2017年10月)

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自衛隊制服組のトップである統合幕僚長。

24万人を数える大組織の頂点に立つものであり、世界有数の軍事力を持つ日本国の武力を司る存在だ。

そのポストに就くものは、名前そのものが政治であり、存在そのものが諸外国へのメッセージでもある。

 

すなわち、後方支援系の職種出身者がそのポストに就けば、我が国は近々差し迫った紛争を想定していないというメッセージになり、戦闘部隊出身者がその任にあたれば、我が国は緊張感をもって周辺諸国と付き合うという意思表示になる。

 

なおかつ、このポストに就くものが米国留学を経て、アメリカに太いパイプを持つものであれば、中国や北朝鮮に対して圧力をかけるメッセージとなり、欧州やアジアなどとの太いパイプを持つものであれば、当面のところ融和的なメッセージを発するということになるだろう。

 

政治とは関わらないことを誓い自衛隊に入隊したにも関わらず、本人の意志とは無関係に近い形でキャリアが形作られ、そして無関係なところで政治の意思表示にも使われることになる。

まことに高級幹部とは、割に合わない商売だ。

 

その統合幕僚長人事が、間もなく動こうとしている。

 

2017年10月現在、統合幕僚長のポストにあるのは河野克俊(第21期)

昭和29年生まれの62歳で、昭和20年代生まれ最後の制服組自衛官だ。

21期どころか、もはや自衛隊には25期以前の制服組もほとんど残っていないが、河野自身も統合幕僚長として2度も定年延長が閣議決定され、本来であればすでに退役している年齢である。

諸般の事情があり、また厳しい東アジア情勢の中で、米軍に太いパイプを持つ河野を容易に動かしがたいという安倍政権の意思表示から、今なお引退すらさせてもらえない状況が続いている。

 

然しながら、それも2017年の12月か、2018年の5月で終わるだろう。

2017年12月は、第34代航空幕僚長である杉山がその任期を終えると予想されている時期であり、2018年5月は、再延長された河野の任期が切れる時だからだ。

 

人事予想の前提として、まず誰が統合幕僚長に就任する可能性があるのか。

情報を整理したい。

統合幕僚長は民間企業のトップ人事や、あるいは自衛隊内部でも、陸海空の幕僚長人事と違い、そのポストに就任するものは3つの役職からに限られている。

陸上幕僚長、海上幕僚長、航空幕僚長であって、すなわち陸海空自衛隊のトップである3名だが、このポスト以外の者から選ばれることは絶対に有り得ない。

若返りとか、抜擢人事とか、そういう次元が通用する人事ではなく、ここまで来るともはや、実力主義ではあっても自衛隊内部へのメッセージ性も考慮されてトップが選ばれることになるからだ。

 

なおかつこのポストは、陸上自衛隊が優先的に就く傾向があるものの、陸海空の航空幕僚長出身者が持ち回りで就任することが原則になっている。

 

そのような前提をご理解頂いた上で、河野の後任に選ばれる可能性があるものは以下の3名だ。

 

山崎幸二(第27期)・陸上幕僚長 2017年8月就任

村川豊(第25期)・海上幕僚長 2016年12月就任

杉山良行(第24期)・航空自衛隊 2015年12月就任

 

通常、陸海空自衛隊のトップは2年程度を任期として補職される。

イレギュラーな前任者の退任に伴う就任でなければ、3月、7月、12月といったところがその就任の時期であり、村川と杉山は定時異動に伴うスムーズな代替わりで幕僚長に就任した。

一方で山崎は、前任者である岡部俊哉(第25期)が、南スーダン日報問題とされた事件の責任を取る形でわずか1年で退役を余儀なくされたことにより急遽登板したものである。

本来であれば、2018年5月に河野の統幕長任期が切れる時に岡部がその後任に就任し、そして岡部の後任に山崎が就任するシナリオであった。

 

しかし、様々な政治的動乱により岡部は詰め腹を切らされ、山崎が1年早く陸幕長に就任することになる。

これにより、第31代統合幕僚長人事が一気に混沌としてきた。

 

国外だけでなく、国内向けにも政治的な思惑が避けられない統合幕僚長人事は、先述のように陸海空で持ち周りの性質がある。

それぞれのトップを軽視するかのような人事は許されず、陸海空の幕僚長が等しく自衛隊トップに就任する事が求められからだ。

しかしながらその一方で、これまでの統合幕僚長(統合幕僚会議議長)のポストは、戦後一貫して

陸→海→陸 あるいは 陸→空→陸

という持ち回りのパターンはあっても、

海→空→海 あるいは 空→海→空

というパターンになったことは一度たりともない。

 

つまり、陸上幕僚長のみが2~3代に1回は必ず統合幕僚長への就任が約束されてきた歴史があり、その分、海か空が飛ばされてきたということだ。

3代続けて陸上幕僚長が選ばれなかったという事は一度たりともなく、そしてそれは極めて政治的な理由によるものである。

 

その理由に言及する前に、第30代統合幕僚長である河野までの流れを見てみよう。

すなわち、28代、29代、30代の流れだが以下のようになっている。

 

第28代 折木良一(第16期・陸上幕僚長出身)

第29代 岩崎茂(第19期・航空幕僚長出身)

第30代 河野克俊(第21期・海上幕僚長出身)

 

つまり、陸→空→海というスムーズな流れで来ており、どう考えても次は陸上幕僚長出身者が就く番だ。

これまでの慣例から考えても、空→海→空あるいは空→海→海という人事は非常に考えづらい。

にも関わらず、第31代統合幕僚長最有力候補であった岡部が退役に追い込まれたため、ローテーションが狂ったというのが、人事権者の困りどころとなっている。

 

常識的に考えれば、2018年5月までには第30代統合幕僚長である河野は退役させ、スムーズに代替わりを図らなければならない。

それまでに陸海空3名の幕僚長の中から後任を探す必要があるという状況であることと併せ、その人事の前提となる慣例などは、とりあえずおわかり頂けたのではないだろうか。

 

その上で、誰が第31代統合幕僚長に就任するのか。

 

まず消去法で、海上自衛隊の村川は無いであろう。

海上自衛隊出身者が連続して統合幕僚長に就任すれば、国内政治的にも極めて好ましくない影響がある。

また村川は経理出身であり、海上自衛隊初となる、後方支援系職種からの海幕長就任であった。

 

2017年現在の厳しい東アジア情勢を考えると、統合幕僚長人事は穏健な政治的メッセージを出すことは難しい状況にある。

なおかつ必要なものは米軍との太いパイプだ。

そういった意味では、あらゆる観点から村川が第31代統合幕僚長に就任する可能性は0に近いと断言して良いだろう。

 

では残る2人。

陸上自衛隊の山崎か、航空自衛隊の杉山が就くということになるが、この二人については予想が難しいほど、それぞれの条件が拮抗している。

 

まず、陸上幕僚長である山崎幸二が第31代統合幕僚長に就任するであろう理由と、就任しないであろう理由。

それを挙げると以下のようになる。

 

【就任する理由】

・持ち周りの統合幕僚長人事の慣例に沿う(=次は陸上自衛隊の番)

・陸上自衛隊の票は無視できないほどの大所帯であり、政治家にとってその支持は欠かすことができない

・27期と最年少の将官であり、組織の活性化が図れる

【就任しない理由】

・施設科出身であり、戦闘職種ではないことから近隣諸国への穏健なメッセージと受け取られる可能性がある

・尖閣を始めとした有事に際し、現場経験から積み上げた戦闘部隊運用の知見に乏しい

・米軍とのパイプという意味で、特筆するべきキャリアが見当たらない

 

次に、航空幕僚長である杉山だ。

【就任する理由】

・南西航空混成団(現・南西航空方面隊)司令官を経験し、なおかつ同空域でパイロットとして飛行隊長も経験している。

・米軍とのパイプが太い

・そもそも、2017年夏に起きた岡部俊哉の解任劇は、この人事にするための布石である可能性

・戦闘航空団でのキャリアが豊富で、諸外国へのメッセージ性が安全保障環境に即している

・2017年現在の国防の最前線(南西方面及び島嶼部空海域)を知り尽くしている

【就任しない理由】

・慣例に沿わない

・政治判断として航空自衛隊を優遇しても、得られる票が少ない

・髪が薄い

といったところだろうか。

 

これらのことから考えると圧倒的に杉山が有利なように思える。

然しながら、最終人事権者である安倍総理や小野寺防衛大臣にとっては、国防の重要性も去ることながら、陸上自衛隊を軽視するようなメッセージを発してまでも、その巨大な票田を失うわけにも行かないのが率直な気持ちであろう。

 

しかし、2017年度の国政選挙は10月の衆議院議員総選挙で終わりである。

となれば、もし杉山が第31代統合幕僚長に就任すると想定した場合、その就任時期は選挙の直後ということになり、当面の間、国政選挙は無いことになる。

一時的に陸上自衛隊の不興を買うことになったとしても、タイミングとしてはこれ以上無いという時期だろう。

なおかつ、陸上自衛隊だけが統合幕僚長人事で優遇されてきた慣例にも、一つの違う先例を作ることができ、人事の柔軟性を生むことが可能となる。

 

あるいは海上自衛隊の村川が、史上初めて後方支援職種からトップに就任したのも、この「人事の柔軟性」を確保する目的であったと、政治主導で行われたものであると考えられる。

 

言うまでもないことだが、先の大戦で敗れた大きな原因の一つが「人事の硬直性」だ。

特に我が国の場合、文化的あるいは歴史的な価値観で積み上げられた組織的特性から、人事の硬直性を招き易く、そして容易に変えることができない。

これらの事を原因とした大東亜戦争での失敗は枚挙に暇がないが、本題ではないので別稿に譲るものの、早い話が組織の硬直性を打破するには、今が一番その環境が整っているということだ。

 

陸上自衛隊にはしばし忍耐をお願いし、第31代の統合幕僚長には杉山良行が就任する。

このパターンが、我が国の国益にもっとも合致するのではないだろうか。

 

そしてその予想される時期は2017年12月だ。

この定時異動で杉山は航空幕僚長としての任期を終え、統合幕僚長に昇るものと思われる。

第30代統合幕僚長である河野はやっと退役を許されるものの、即日「防衛大臣政策参与」に強制的に任命され、もうしばらくこき使われることになるだろう。

 

おそらくこのようなシナリオで進むと思われるが、一方で2017年12月に杉山がただ単に退役し、河野が引き続き統合幕僚長を続ける場合。

東アジア情勢を考えるとこの可能性はまったくもって0ではない厳しい状況だが、もしそうなれば、2018年5月頃をめどに、陸上自衛隊の山崎幸二が統合幕僚長に昇ると見てまず間違いないだろう。

可能性としては低いと思うが、このシナリオの場合、山崎を積極的に評価するというよりも、2017年12月のタイミングでは、河野を外すわけにはいかないという理由が大きい。

 

こればかりは、いつ朝鮮半島で戦争が始まるかもしれないという国際情勢の中なので、予想しづらいものがある。

なおかつ、軍事専門家の中には「クリスマス危機」を予言するものまでいることから、2017年12月に統合幕僚長を退任させるわけにはいかないという安全保障環境になっていることも考えられるだろう。

 

要約すると、安全保障環境に特段の大きな動きがなければ、2017年12月に杉山が統合幕僚長に就任。

万が一、朝鮮半島に動乱が発生する可能性が高まれば、全ての人事を凍結して現状にあたる、という事になるだろう。

愉快な話ではないが、朝鮮半島の情勢が我が国の将官人事に大きな影響を与えることになりそうである。

(了)

 

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊公式Webサイト(顔写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/about/2016/20160929.html

防衛省海上自衛隊 舞鶴地方隊公式Webサイト(視察写真)

http://www.mod.go.jp/msdf/maizuru/dekigoto/dekigoto.html

防衛省統合幕僚学校 公式Webサイト(研修講師写真)

http://www.mod.go.jp/js/jsc/school/section_education_domestic_270114.html

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