秋本康雄(あきもと・やすお)|第36期相当・航空自衛隊

秋本康雄は昭和41年5月5日生まれ、山口県山口市嘉川出身の航空自衛官。

平成元年3月に帝京大学を卒業し、平成4年3月に航空自衛隊に入隊しているので、第36期相当ということになる。

幹候は82期。

平成28年8月(2016年8月) 自衛隊山口地方協力本部長・1等空佐

前職は第4航空団整備補給群司令であった。

既に、出だしのプロフィールから異色である。

平成元年に帝京大学を卒業しながらなぜ平成4年に航空自衛隊に幹部候補として入隊しているのか。

大学を卒業後、地元の山口県に所在する鴻城高校で3年間、教員職を務めていたためだ。

なんかどこかで聞いたような話だな、と思われる人もいるかもしれない。

それは恐らく、近藤奈津枝(第35期相当)・海将補と被るためだ。

近藤も秋本と同じ山口県出身であり、山口大学を卒業後に1年間、中学校で国語教師を務めた後に海上自衛隊に入隊した異色のキャリアの持ち主だ。

しかも近藤は昭和41年1月生まれで、秋本は昭和41年5月生まれである。

そしてさらに、近藤は医官を除く女性初の海将補に昇った高級幹部だが、秋本もまた、3年遅れのハンデをものともせずに指揮幕僚課程に進み、高級幹部として順調に出世している。

両者にはとても共通点が多い。

そしてその順調なキャリアの中で、秋本は2016年に山口地方協力本部長に着任したわけだが、率直に言ってこれはズルい。

なぜなら、秋本は山口県出身と言うだけでなく、出身中学が山口市立川西中学校。

更に出身高校は、山口県下最難関の進学校として知られる県立山口高校である。

地元の英才が集まる高校を卒業し、多くの人脈を持っているわけなのでこれは自衛官募集活動に相当有利である。

田舎の進学校は卒業生の結び付きが強いので、恐らくいろいろな所に顔なじみで「営業」に出掛けることができるだろう。

そんなズルをしているわけだが、こんなズルはもっとやれ、である。

ぜひその人脈を活かし、一人でも多くの若者の目を国防に向けるよう、活躍することを祈ってやまない。

ちなみに秋本は、自衛官の  安月給 貴重なお給料で、4人の子供を育て上げた凄い父親でもある。

なおかつ、2人の息子は父と同じ航空自衛官になった。

自衛官は激務の割に、率直に言って待遇が悪すぎる。

早期退職制度もあり、再就職が前提であるにも関わらず決して恵まれていないこの状況は直ちに改善をするべきだが、このような中でも、父と同じ高い志を持ち、国防に身を捧げようと志願する子供を育てるとは、まさに自衛官の鑑だ。

しかし、属人的な志の高さに頼り、このまま悪化する一方の待遇を放置して良いとは思えない。

少子高齢化の時代、優秀な隊員を一人でも多く確保するためにはぜひ、この問題には直ちに取り組むことを政治には期待したい。

さて、その秋本のキャリアについてである。

2017年10月現在、先述のように山口地本長に補職され、募集・援護業務などを行う傍ら、このように地元サッカーチームのゆるキャラとも交流し、広報活動に勤しんでいる。

しかし、ゆるキャラとの撮影の時くらいは、もう少しにこやかでも良さそうな気がする。

後ろで見事な姿勢の直立不動を見せる事務官と併せ、まるで1級賞状(防衛大臣マター)授与式のようだ。

(これではカタブツの陸上自衛隊ではないか)

そして秋本の本職だが、そのキャリアから推測して恐らく航空機整備と思われる。

第8航空団装備隊長や航空幕僚監部装備部整備・補給課整備第4班長、第4航空団整備補給群司令といった要職を歴任し、今日に至る充実したキャリアを誇る。

ただ一つ、とても気になることがある。

ページ冒頭の秋本の写真、ハッキリとは判別しないが、胸につけている技能徽章は不発弾処理徽章なのではないだろうか。

月桂樹の葉を両側にあしらい、なおかつ上側が閉じられずにオープンになっている航空自衛隊の技能徽章は、おそらく不発弾処理徽章だけのように思われる。

画像が粗くハッキリしないので何とも言えないが、陸上自衛隊の不発弾処理技能資格者でも相当なレアキャラクターだが、航空自衛隊になるとさらにレアな存在だ。

航空自衛隊では、三沢基地の分屯基地である東北町分屯基地で不発弾処理教育を行っていると承知しているが、民生協力は基本的に行わないことから、その要員は極めて僅少だ。

あるいは「中途入隊」の中で存在感を示すために、レアな資格を取りに行き、存在感を確立しようと努力を重ねたのだろうか。

しかし、不発弾処理作業はおそらく、自衛隊の任務の中でも最悪クラスに割が合わない仕事である。

失敗すれば即死する極めて過酷な任務であるにも関わらず、1出動あたりの危険手当は僅か5000円程度。

さらに危険度が少ないと見做されれば、1時間あたり100円あまりの手当が加算されるだけだ。

誰がこんなふざけた額の手当を考えたのかと思うが、ぜひこの金額を決めた者には、その金額で不発弾処理に臨んでもらいたい。

あるいは本人でなくとも、自身の親や子供にこの手当で任務に励めと言うことが出来るのか。

恐らく自衛官や元自衛官であれば言うだろう。

もし秋本の息子たちが有資格者であり、秋本の指揮下に入るようであれば、迷わずに命令することに疑いの余地はない。

しかし、いくらなんでもこの手当だけは酷すぎるのではないだろうか。

繰り返しになるが、優秀な自衛官を確保し、危険な任務にも自ら志願する高い志を持つ隊員は素晴らしい存在だ。

そしてそのような隊員は、おそらく給料の多寡などで職務のクオリティは左右されない。

しかしだからこそ、せめて危険度の高さや任務の過酷さに比例する給与を、制度として整え、「せめて給与で」報いる事を考えてもらいたい。

自衛官自らは給与交渉を出来る立場にはない。

だからこそ、時代に応じた待遇を、政治の責任で改めて考え直す必要があるのではないだろうか。

不発弾処理徽章から話を広げてしまったが、もし秋本の技能徽章が別のものであれば赤っ恥になりそうである。

その際は、黙ってこっそり記事を書き直すので、もしご存知の方がいればこっそり教えてください。。

◆秋本康雄(航空自衛隊) 主要経歴

平成
4年3月 航空自衛隊入隊(第36期相当)
5年 第8航空団(築城)
10年 第6航空団(小松)
12年 中部航空方面隊司令部(入間)
14年 指揮幕僚課程(目黒)
15年 防衛庁(省)内部部局長官官房(市ヶ谷)
17年 防衛省航空幕僚監部(市ヶ谷)
19年 第8航空団装備隊長(築城)
21年 防衛省航空幕僚監部(市ヶ谷)
23年 防衛研究所一般課程(目黒)
24年 航空幕僚監部装備部整備・補給課整備第4班長(市ヶ谷)
26年 第4航空団整備補給群司令(松島)
28年8月 自衛隊山口地方協力本部長

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省 山口地方協力本部公式Webサイト(顔写真及びイベント画像)

http://www.mod.go.jp/pco/yamaguchi/aisatsu.html

http://www.mod.go.jp/pco/yamaguchi/gallery.html

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