小見明之(第42即応機動連隊長・1等陸佐)|第36期相当・陸上自衛隊

小見明之(おみ・あきゆき)は昭和42年4月13日生まれ、新潟県出身の陸上自衛官。

国士舘大学の政経二学部を卒業し、陸上自衛隊幹部候補生学校に入校したのが平成4年3月なので、防衛大学校第36期相当の幹候73期ということになる。

職種は普通科だ。

平成30年12月(2018年12月) 第42即応機動連隊長・1等陸佐

前職は富士学校総務部総務課長であった。

なお、第42即応機動連隊長としての指導方針は判明しないが、第8普通科連隊長であった時の指導方針を、暫定的に以下でご紹介しておきたい。

【統率方針】

「いかなる任務にも的確に対応し得る部隊」

【要望事項】

「一隅を照らせ」

(画像提供:陸上自衛隊米子駐屯地公式Webサイト 広報よなご2016年7月号)

(画像提供:陸上自衛隊米子駐屯地公式Webサイト 広報よなご2015年11月号)

さて、いろいろな意味でとてもご紹介したかった幹部のご紹介だ。

2018年3月の陸自大改革で誕生した第42即応機動連隊の、2代目連隊長に上番した小見明之である。

昭和42年4月生まれで、陸上自衛隊の入隊は昭和61年であることから、高校を卒業しすぐに、曹候補生もしくは一般隊員として、自衛官人生のスタートを切ったことになる。

その後、自衛官として厳しい任務を遂行する傍らで、国士舘大学の夜学部に通い大学を卒業。

平成4年3月に改めて幹部候補生に合格し、平成5年3月に3尉に任官した、鉄の意志と努力の人である。

そしてその第42即応機動連隊長。

普通科連隊をベースにして、機甲科、野戦特科、高射特科など陸上自衛隊の諸職種を混成し、あらゆる事態に即応することを目指して新編された部隊ではあるが、その規模は名前の通り連隊相当だ。

しかしながら、実は小見は平成26年8月から第8普通科連隊の連隊長に上番しており、これが2回目の連隊長への上番ということになる。

正直に言って、過去の人事を全て把握しているわけではないので断言できないが、連隊編成の部隊長に2回、同じ幹部自衛官が上番するというのは相当レアなことではないだろうか。

そういった意味では、即応機動連隊長ポストの「格」は今後、その他の連隊長相当職と旅団長ポストの中間という位置づけで、運用されていくのかも知れない。

実際に第42即応機動連隊には、普通科連隊の装備に加え

・16式機動戦闘車

・01式軽対戦車誘導弾

・中距離多目的誘導弾

・93式近距離地対空誘導弾

等の兵装が配備されており、機甲科、野戦特科、高射特科の諸部隊が編成されている。

旅団編成に比較して、航空科、施設科、後方支援系の諸部隊は持ち合わせていないが、最前線で戦闘を行う部隊については全てパッケージ化されている形だ。

そういった意味では今後、連隊長相当職に上番した事がある幹部自衛官が改めて、即応機動連隊の連隊長にも上番する人事も、頻繁に運用されていることになるのではないだろうか。

とは言いながら、このポストには職種部隊の壁を超え、全軍を俯瞰する将官相当の知見が求められることは確実であると思われる。

そして小見こそがその1等陸佐であると、このポストに抜擢された理由はどこにあるのだろうか。

小見の経歴を紐解きながら、その辺りを詳細に見ていきたい。

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