押川誠(おしかわ・まこと)|第40期・第8高射特科群長

押川誠(おしかわ・まこと)は宮崎県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第40期の卒業で幹候77期、職種は高射特科だ。

生年月日は判明しないが、第40期は寄り道なしの場合、昭和48年度の生まれということになる。

令和元年8月(2019年8月) 第8高射特科群長兼ねて青野原駐屯地司令・1等陸佐

前職は陸上総隊司令部運用部国際協力課長であった。

なお、第8高射特科群長兼ねて青野原駐屯地司令としての指導方針は以下の通り。

【統率方針】
任務の完遂

【要望事項】
なすべきことをなせ

【駐屯地司令要望事項】
地域と共にある駐屯地

(画像提供:陸上自衛隊青野原駐屯地公式Webサイト

2019年11月現在、第8高射特科群長兼ねて青野原駐屯地司令を務める押川だ。

第8高射特科群は中部方面隊直轄の高射部隊であり、関西の全域をその防空担当地域とする。

そしてよく知られるように、高射特科部隊は我が国の安全保障環境の正面が西方にシフトする中で、その存在感がますます大きくなりつつある職種でもある。

西方にあっては、我が国の島嶼部に野心を隠そうとしない中国人民解放軍の侵攻を想定した時に、その抑止力として、あるいは実際の戦力として地対艦ミサイル部隊の活躍が期待されている。

しかしそんなことは攻撃側も百も承知で、侵攻にあたってはまず、陸自の地対艦ミサイル部隊を無力化しようと企図するだろう。

そしてその際に、友軍と国民の盾となって頭上の安全を確保し、我が国の防衛ラインを強固に防護するのが、この高射特科部隊の役割だ。

どれほど強力な矛も、一方的な攻撃を受け続ければとてもその能力を発揮することなどできない。

そして行動を制限されれば我が国はたちまち敵性勢力の近接を許し、防衛ラインを突破されるだろう。

その砦として活躍する、極めて重要な職種である。

押川は、その高射特科部隊の一翼を任される指揮官ということだ。

これほどの要職を任される押川のことだ。

そのキャリアはどれも印象深いポストばかりだが、敢えて一つ挙げるとすれば、それは現職のポストだろうか。

2019年現在の安全保障環境下ではますます重視される職種だけあり、近年、第8高射特科群長に補職される幹部は皆、陸自内外の期待が大きいエリートばかりだ。

直近では、陸上幕僚長着任が最後まで有力視されていながら、2019年8月に第2代・陸上総隊司令官として退役となった住田和明(第28期)が、押川の7代前、第16代となる群長であった。

また押川の4代前、第19代となる群長を務めたのは宮本久德(第33期)であったが、宮本もその後、将官に昇り我が国で最大の高射特科部隊である第1高射特科団を率いている。

ちなみに住田が第2代陸上総隊司令官に在った時、その幕僚長として住田を支えたのは、住田の同期である藤田浩和(第28期)であったが、この時期、陸上総隊司令官も、そのNo.2である幕僚長も、高射特科出身の陸将で占められていたことになる。

いわば、我が国の有事に在って全軍を率いる可能性があり、また危機にあってはその直轄部隊を殴り込ませる指揮官と幕僚長の両方が、高射特科のエキスパートであったということだが、高射特科の存在感の大きさを感じさせる人事であったと言ってよいだろう。

これほどまでに、第8高射特科群長に昇る幹部への期待は非常に大きくなっており、押川にかかる陸自内外の期待値の大きさをご理解頂けるのではないだろうか。

では、そんな要職に上番し活躍を続ける押川とは、これまでどのようなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。

少し詳細に、その経歴を見ていきたい。

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コメント

  1. 神田 より:

    上富良野駐屯地司令 徳留は押川と高校、
    防大と同期。
    出身校は西方の本松陸将と同じ都城西高。