【退役】舩木洋(ふなき・ひろし)|第29期相当・海上自衛隊

舩木洋は昭和35年2月生まれ、神奈川県出身の海上自衛官。

横浜国立大学大学院を卒業し昭和60年3月に海上自衛隊に入隊したので、第29期相当の幹候36期ということになる。

平成29年12月20日(2017年12月20日) 防衛装備庁長官官房装備官・海将のポストを最後に退役が決まった。

前職は技術研究本部技術開発官(船舶担当)であった。

また一人、我が国の平和と安全を支え続けた将官が一人、自衛隊を去ることになった。

海上自衛隊の舩木洋・海将だ。

舩木については、技術系幹部であったために防衛省の公式サイトでのプロフィール写真が一切無い。

そのため、何かのイベントごとで舩木の顔写真が公式サイト上にアップされれば記述しようと待っていたいたのだが、2017年12月の人事異動で退役が決まってしまい、結局果たせずじまいであった。

そのため画像は、舩木が生涯をかけて開発に取り組んできた海上自衛隊の船舶技術を象徴するものとして、きりしまの画像を掲載している。

舩木本人は、理知的で強い意志を感じさせる眼力を蓄えた、本当に研究者らしい紳士である。

長かった自衛官生活、本当にお疲れ様でした。

航空自衛隊には、「空の勝利は技術に在り」という言葉がある。

航空自衛隊第1術科学校の本部庁舎前にはその石碑が昭和31年に設置され、以降空自研究開発者の合言葉になっている言葉だ。

そしてそれは、言うまでもなく海上自衛隊も同様である。

日露戦争において、日本の勝利を決定づけたのは日本海海戦に於ける日本海軍の完全勝利であった。

勝因について、東郷平八郎の用兵や秋山真之の采配、あるいは丁字戦法(T字戦法)に求める記述を関連書物で目にしないことはないが、技術面に着目する記述は余り目にすることがない。

然しながら当然、その勝因には当時として極めて強力な威力を誇った下瀬火薬、そしてその下瀬火薬の威力を安全に、なおかつ最大限に引き出した伊集院信管。

この2つの存在を無視できない。

共に海軍が開発し、実用化した当時世界最先端の技術だ。

また無線技術に優れ、艦隊運動に大いに寄与したこと、艦船の動力について当時として世界最先端の技術を持ち、艦隊速度にアドバンテージがあったことなども非常に大きい。

細かなことを挙げていけばキリがないが、要するに「海の勝利は技術にあり」だ。

用兵や作戦の指揮官に比べ目立たない存在であっても、その働きは全艦隊の命運を決定し、我が国の平和と安全を文字通り礎となって支えるのが、技術幹部である。

その技術幹部の頂点に立ち、40年近くに渡り技術畑ほぼ1本でキャリアを積んできた舩木である。

一般大学出身でありながら、技術系幹部として海将にまで昇り、我が国の艦船技術発展に残した実績は極めて大きく、舩木の仕事が我が国の海上防衛の要でもあったと言っていいだろう。

舩木が残した成果には、どれほどの賛辞を送っても足りるとは思えない。

なお余談だが、舩木のご尊祖父様は戦艦大和最後の艦長・有賀幸作大佐の1代前にあたる第4代艦長・森下信衛大佐だ。

レイテ沖海戦時の大和艦長であり、神業とも称された操艦技術を駆使し敵の攻撃を回避し続け、米艦船に対し初めてその自慢の主砲を放った男である。

命知らずの豪快な男であったと言われているが、その孫である舩木が緻密な造船や武器・装備技術の専門家になり、海将にまで昇ったというのはとても興味深い。

ちなみにご尊父様も海兵73期のご出身で、海上自衛隊で活躍をされた、まさに軍人一家だ。

ご尊祖父様も、孫の大活躍と大出世を、遠き空から目を細めて喜んでいたのではないだろうか。

そしてそんな舩木に、2017年12月20日付けの退役が発令された。

輝かしいキャリアと実績を誇った男の、誇り高い海上自衛官としての生活が間もなく終わる。

本当にお疲れ様でした、ありがとうございました。

不慣れかもしれませんが、40年近くぶりとなる、ゆっくりした何もしないお正月をのんびりと過ごされて、積年のお疲れを癒やして下さい。

舩木海将の第二の人生が極めて充実した、幸多きものになることを、心からお祈りします。

◆舩木洋(海上自衛隊) 主要経歴

昭和
60年3月 海上自衛隊入隊(第29期相当)

平成
6年1月 3等海佐
9年7月 2等海佐
10年3月 横須賀造修補給所武器科長
10年12月 横須賀造修補給所武器補給科長
11年3月 海上幕僚監部補任課
14年1月 1等海佐
15年7月 統合幕僚監部第3幕僚室
17年1月 海上幕僚監部技術部技術1課
17年3月 海上幕僚監部技術部技術1課技術1班長
18年3月 海上幕僚監部技術部技術課技術調整官
20年4月 広島地方協力本部長
22年4月 海上幕僚監部装備部武器課長
23年4月 技術研究本部副開発官(船舶担当) 海将補
25年3月 海上幕僚監部技術部長
26年3月 海上幕僚監部装備部長
27年3月 技術研究本部技術開発官(船舶担当) 海将
27年10月 防衛装備庁長官官房装備官
29年12月 防衛装備庁長官官房装備官のポストを最後に勇退

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省海上自衛隊 写真ギャラリー公式Webサイト(きりしま写真)

http://www.mod.go.jp/msdf/formal/gallery/ships/dd/kongou/173.html

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