納冨中(のうどみ・みつる)は昭和37年7月生まれ、神奈川県出身の陸上自衛官。
防衛大学校第29期の卒業(管理学)で幹候66期、出身職種は野戦特科だ。
平成30年8月(2018年8月) 防衛大学校幹事・陸将
前職は第9師団長であった。
なお、防衛大学校幹事としての指導方針は判明しないが、第9師団長であった時の指導方針は以下の通り。
【要望事項】「プロたれ」
(画像提供:陸上自衛隊第9師団公式Webサイト)
(画像提供:陸上自衛隊第9師団公式Webサイト)
2018年11月現在、防衛大学校幹事の要職にある納冨だ。
29期組トップエリートの一人であり、次の次の陸上幕僚長候補の一人として、極めて重い責任を担う。
なお陸上自衛隊では、陸上幕僚長に昇るエリートコースは比較的わかりやすい道になっており、防衛大学校幹事もそのど真ん中のルートにあるポストだ。
一般に陸自では、同期から1選抜(1番乗り)で陸将補に選ばれるのが3~4名。
その同期3~4名が、陸将にも1選抜で昇り、そして同時にいずれかの師団長に昇って、陸幕長への最後の切磋琢磨を競い合うのが通常の流れだ。
そして、
師団長 → 防衛大学校幹事、陸上幕僚副長、統合幕僚副長のいずれか → 方面総監 → 陸上幕僚長
とステップアップしていくのが、鉄板の流れだった。
しかし、2018年3月に行われた陸自大改革で事実上、方面総監の上に陸上総隊が設置されることになった。
形(俸給)の上では、方面総監と陸上総隊司令官は同格ということになっているが、実運用上では、陸上総隊司令官は方面総監を指揮する可能性があることから、総隊司令官が人事上、格上の運用になることは間違いない。
さらに、2018年の陸自大改革では、即応機動連隊、機動師団(機動旅団)という新しい戦闘組織が再編され、諸職種協働による新・ドクトリンの運用が始まっている。
これは、戦闘の核になる連隊組織で、普通科、機甲科、特科などの諸職種をパッケージ化した上で、軽武装・高機動力を重視しあらゆる有事の初期対応能力を高めようという試みだ。
そのため、その運用の訓練と研究の総本山とも言える富士学校の位置づけが、確実に一段、上がっていくように思われる。
実際に、従来の富士学校長のポストはどちらかというと、ベテランの将官が退役前に最後に就くポストという運用になっていたが、陸自大改革の後、最初に富士学校長のポストに就いたのは髙田祐一(第30期)。
30期組の陸幕長候補筆頭とも言えるエリートであり、次の異動ではいずれかの方面総監に昇ることは疑いようのない最高幹部だ。
そのようなことを考え合わせると、2018年以降の最高幹部の人事は、
師団長 → 防衛大学校幹事、陸上幕僚副長、統合幕僚副長、富士学校長、教育訓練研究本部長のいずれか → 方面総監 → (陸上総隊司令官) → 陸上幕僚長
という流れを辿っていくことになるのではないだろうか。
そう言った意味では、昇るべきステップが1段増え、トップに昇る幹部は陸将昇任後の異動サイクルが確実に早くなると思われる。
とはいえ、総隊司令官に昇れば確実に陸幕長になる、というような運用を陸自が行うとも考えづらく、当面のところ、方面総監から陸幕長に直接昇る運用も維持されるはずだ。
前置きが長くなってしまったが、納冨はこのルート上にある防衛大学校幹事を務めている状況であり、後職ではいずれかの方面総監に昇る可能性が高いというのが、2018年11月の状況だ。
防大幹事としての活躍はもちろん、今後の異動にもますます注目が集まる最高幹部の一人である。
では、そんなトップエリートの一人である納冨とはこれまで、どのようなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。
少し詳細に、その経歴を追っていきたい。
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