梶恒一郎(第20普通科連隊長・1等陸佐)|第34期・陸上自衛隊

梶恒一郎は広島県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第34期の卒業で幹候71期、職種は普通科だ。

なお生年月日は判明しないが、第34期はストレートの場合、昭和42年度の生まれと言うことになる。

平成30年7月(2018年7月) 第20普通科連隊長・1等陸佐

前職は富士教導団高級幕僚であった。


(画像提供:陸上自衛隊第20普通科連隊公式Webサイト


(画像提供:陸上自衛隊第6師団公式Webサイト

2018年8月現在、第20普通科連隊長を務める梶だ。

20普連は、第6師団司令部も置かれている山形県の神町駐屯地に所在するが、この神町駐屯地。

全国に数ある駐屯地の中でも6番目の大きさを誇る規模を持ち、その敷地面積は実に東京ドーム37個分に相当する。

そのため、3000名近い隊員・職員が国防に従事し、また体を鍛えるためのフィットネス系施設も非常に充実していることから、体を鍛えるのが大好きな幹部にとっては、その赴任が楽しみな駐屯地の一つとも言われる。

そんな恵まれた広さと設備と言うこともあるのだろう。

東日本震災の際には、東北に位置しながら内陸部の山あいにあるため、津波の被害を受けなかったこともあり、宮城や福島への救援の拠点として機能する。

すなわち、初動としては直ちにこれら被災地に第20普通科連隊を始めとした所在部隊を派遣し、さらに全国から集まってきた部隊・物資のハブ基地としても機能したということだ。

その中でも、尖兵であったと言っても良いだろう第20普通科連隊は、気仙沼、南三陸町、女川町、石巻を始めとしたもっとも被害の大きかった地域に展開し、初動から人命救助活動を迅速に開始。

あの大震災にあって、もっとも活躍した部隊の一つと言っても良い救援・復興活動を展開した。

当然のことながら、梶がこの連隊を預かることになった2018年現在でも、当時の曹士幹部の多くが今も、現役の隊員として我が国の平和と安全のために、献身的な訓練と任務に励んでいる。

いつもであれば、連隊長のパーソナリティをご紹介する記事を多く書かせて頂いているが、こと第20普通科連隊長として梶をご紹介するのであれば、その誇り高い幹部曹士の活躍に、先に言及せずにはいられなかったために、部隊紹介をやや厚めにさせて頂いた。

ぜひ、この神町駐屯地にあった多くの自衛官が、あの東日本大震災において非常な活躍をしたことに、改めて思いをしてもらえれば幸いだ。

さてその上で、この第20普通科連隊を預かる梶とはどういうキャリアを歩んできた幹部なのか。

同期である34期の動向とも合わせて、少し詳細に見ていきたい。

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