山根茂樹(やまね・しげき)は昭和44年10月26日生まれ、岡山県岡山市出身の陸上自衛官。
防衛大学校第36期の卒業で幹候73期、職種は施設科だ。
平成30年8月(2018年8月) 防衛装備庁プロジェクト管理部装備技術官・1等陸佐
前職は陸上幕僚監部防衛部防衛課開発室長であった。
なお、第12施設群長であった時の指導方針は以下の通り。
【統率方針】
「前身」
【要望事項】
「いかなる任務も完遂せよ」
「現状を打破する意識を持て」
【司令要望事項】
「地域の安心・安全に寄与し、信頼される駐屯地」
(画像提供:陸上自衛隊岩見沢駐屯地公式Webサイト 広報岩見沢27年第4号、28年第3号)
2018年9月現在、防衛装備庁プロジェクト管理部装備技術官を務める山根だ。
なお予めお断りしておくと、このページに使用している画像のうち、岩見沢駐屯地の広報誌から引用した画像は全て、白黒を無理やりカラー化したものである。
写真がどこかセピア色になっているのは、これがカラー化の限界であり、元々は白黒で印刷された広報誌であったことを、どうかご理解いただきたい・・・。
(これも全て、広報誌をカラーで印刷する予算がないからや・・・全部貧乏が悪いんや。。)
さて、山根のことである。
職種は施設科であり、研究本部研究員に補されたこともあるなど、研究者としての一面も持つ幹部だ。
30年8月からは、技術系の幹部にとっての花形である防衛装備庁のプロジェクト管理部で装備技術官に補された、現場にも技術にも精通する1等陸佐である。
防衛装備庁で装備技術官を任されるほどの幹部なので、現場経験に加え中央での要職も多く経験しているが、やはり印象深いのは、第12施設群長兼ねて岩見沢駐屯地司令のポストだろうか。
岩見沢駐屯地は北海道の内陸部、札幌の東で夕張の北に位置し、極寒の自然環境の中に所在する。
北部方面隊の施設部隊として各種任務に携わるが、国際貢献活動や災害派遣でも数多くの実績を残してきた精強な部隊だ。
山根自身も、第12施設群長であった時にはその隷下部隊を第10次南スーダン派遣施設隊として現地に送り込んでいるが、自らも第301坑道中隊長であった頃に、東チモールにPKO活動で赴いた実績がある。
その際は、最も困難な第1次となる東チモール派遣施設群の中隊長職で現地に赴任しているが、おそらくこの際の国際貢献活動も大きな経験となったのであろう。
第12施設群長として部下を送り込んだ南スーダンでの任務も無事完遂し、部下とともにその成功の喜びを分かち合った。
また同時期、山根はその隷下部隊を平成28年熊本地震の災害派遣活動でも派出している。
災派(災害派遣)と国際貢献活動の両方で部隊を派遣するとなると、駐屯地は空っぽになってしまうのではないかと危惧をするほどだが、しかし北海道内陸部から九州への部隊派遣だ。
実際の有事において機動力を発揮し、速やかな戦力の転地を実践することは、現在の陸上自衛隊にとってもっとも重要な課題の実地訓練としても機能する。
そのためこれらの活動は、さらに部隊を精強なものへと練磨する、重要な任務となる。
そして、これらいずれの任務でも山根は、いかんなくその統率力を発揮して任務を完遂し続けてきた。
偉くなるとなかなか目立つことがない技術系の幹部だが、非常に大きな存在感を発揮して活躍したポストの一つであったと言えるのではないだろうか。
では、各地で活躍をし続けてきたその山根とは、どんなキャリアを歩んできた幹部なのか。
少し詳細に、その経歴を見ていきたい。
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