古田清悟(富士教導団長・陸将補)|第29期・陸上自衛隊

古田清悟(ふるた・せいご)は昭和38年3月生まれ、福岡県出身の陸上自衛官。

防衛大学校は第29期、幹候は66期の卒業だ。

平成29年8月(2017年8月) 富士教導団長・陸将補

前職は第10師団副師団長兼ねて守山駐屯地司令であった。


(画像提供:陸上自衛隊中央即応集団公式Webサイト


(画像提供:陸上自衛隊富士学校公式Webサイト 広報誌岳友250号)

2018年12月現在、富士教導団長の要職にある古田だ。

富士教導団は富士学校の隷下にあり、その普通科部、機甲科部、特科部の幹部学生が身につけるべき技量等の、実際の訓練を担当することで知られる。

毎年8月下旬に開催される、富士総合火力演習の担当部隊であることでも知られており、教育訓練だけでなく、戦術研究など幅広い任務を担っている。

2018年3月から本格的に実施されている陸自大改革では、即応機動連隊(機動師団・機動旅団)という新しい組織編成も一つの柱になった。

そしてこの即応機動連隊とは、主に普通科、機甲科、特科の3職種によりコンパクトな連隊規模の戦闘単位を運用し、あらゆる有事に即応性を持ってあたることを目的としたものだ。

言い換えれば、その組織編成と戦い方は3職種協同での戦闘に幅広い任務と責任を担う、この富士学校が主体であると言ってもよいだろう。

そして富士教導団は、その隷下にあって実際の戦い方を指導し訓練する極めて重要な役割を担っている組織と言うことになる。

このような組織改変期、その実施主体とも言える教導団長に着任した古田にかかる責任の重さ、陸自内外の期待は極めて大きい。

これほどの重責を担う古田だが、そのキャリアの中で目を引くものと言えば、やはり平成19年3月から務めた、特殊作戦群の2代目群長のポストだろうか。

特殊作戦群は2004年3月、第1空挺団を母体にして習志野駐屯地に設置された、特殊作戦を担う専門部署だが、その情報は正直あまりにも乏しい。

上記画像1枚め、これは特殊作戦群を駐屯地式典の際に正面から撮影した、数少ない防衛省の公式画像だが、ご覧のように群長以外は全て顔出しすらNGだ。

編成も隊員の名前も全て非公表であり、それどころか、習志野駐屯地でイベントが有る際にも、特殊作戦群の隊舎が入る形での写真撮影は止めるように注意される。

それほどまでに、

「何を目的にしているのか」

「何ができるのか」

「どのようにするのか」

といった行動すべてを秘匿している、異例中の異例の組織である。

古田はこの特殊作戦群の群長に2代目として着任したわけだが、初代はもはや、伝説の自衛官の一人と言ってよいだろう、荒谷卓(第26期相当)であった。

ご存知のように、我が国の特殊作戦群を0から立ち上げ、その設立から運営までを軌道に載せ、程なくして退役した現代のサムライと呼ばれる元幹部だ。

古田はこの特殊作戦群を、創設者である荒谷から引き継いだわけだが、そのプレッシャーたるや相当なものがあったのではないだろうか。

偉大な初代から受け継ぎ、さらに組織を発展させた古田の功績は非常に大きい。

これもまた、特筆するべき古田の仕事であった。

では、そんな重責を担い続けている古田とは、これまでどのようなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。

少し詳細に、その経歴を見ていきたい。

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