村山勝彦(第6特殊武器防護隊長・3等陸佐)|第43期相当・陸上自衛隊

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その村山が陸上自衛隊に入隊したのは平成2年3月。

先述のように、一般陸曹候補学生として、第1教育団の入隊である。

その後、平成11年4月に一般幹部候補生となり、12年3月に幹部任官。

第18普通科連隊第3中隊の小銃小隊長として、自衛官としての新たなスタートを切った。

(画像提供:陸上自衛隊第6特殊武器防護隊公式Webサイト

部内幹部なので、やはりその活躍の場は主に現場ということになる。

化学科の幹部として、後方支援系の部署では、関東補給処の化学部整備工場整備班長、補給整備課検査班長兼技術班長など現場責任者を歴任。

職種部隊では第6化学防護隊本部の運用訓練幹部を務めた他、我が国を代表する精鋭部隊・中央即応集団司令部では防衛部化学班長の重い責任も担った。

そして平成26年3月、中央特殊武器防護隊本部の3科長を務め、その後職として28年3月から、第6特殊武器防護隊長に上番し、ますますの活躍を見せている。

現場に精通した、非常に頼もしい幹部自衛官の一人であると言ってよいだろう。

 

なお、この化学科という自衛官の果たす役割についてだ。

我が国のように、強固な防衛体制を固める国土には、島国という特性とも併せ、正面から上陸作戦を敢行する敵国の想定というものは想定の外になりつつある。

一方で、都市部の破壊や政治経済機能の弱体化を狙い、我が国の政経中枢に対するNBC攻撃のリスクは、その分高まりつつあるといえるだろう。

なおNBCとは、核、生物、化学のそれぞれ英語の頭文字を取ったものであり、都市部などに対する生物化学兵器や核などによる攻撃を指す。

これら兵器の恐ろしいところは、小規模な工作員による大量破壊が可能であるということだ。

そしてこのような攻撃を受けた際、その被害を直ちに封じ込め、最小化するために活躍をするのが村山以下、化学科の幹部曹士ということになる。

災派についても同様であり、当時は第6化学防護隊という名前ではあったが、東日本震災にあっては福島原発に、第6特殊武器防護隊の精鋭たちが赴いている。

近年では、2018年7月に発生した西日本豪雨で現地入りし、病院や避難所、トイレの消毒活動を行って疾病の発生を未然に封じ込めた。

 

このように、化学科の隊員たちの活躍が求められるのは常に困難な現場であり、隊員個人の生命や健康にも重大な危険が及ぶリスクも想定される修羅場ばかりだ。

それに対し、私たち一般国民は村山以下、化学科という職種の存在とその幹部曹士のことを、実は余りよく知っていると言えないのではないだろうか。

確かに、ブルーインパルスは華やかだし、護衛艦にはわかりやすいカッコよさがある。

しかし、本当のカッコよさはこんな目立たないところでも、我が国の平和と安全のために人知れず、汗を流す幹部曹士たちの姿ではないだろうか。

そんな思いを込めながら、今回この記事を書かせて頂いた。

 

部内から昇任し、非常に厳しい化学科の現場を率いる村山のご紹介であった。

なお村山は、3等陸佐ということもあり、その人事異動が公式Webサイトで発表されないため、今後の記事の更新はまず無いだろう。

これが最初で最後のご紹介になるかと思うが、その点はどうかご容赦願いたい。

しかし、その活躍を見失うことがあっても、応援する思いには一切の変わりはない。

これからも村山以下、化学科の幹部曹士をしっかりと、応援していきたい。

 

※文中、自衛官および関係者各位の敬称略。

(画像提供:陸上自衛隊第6特殊武器防護隊公式Webサイト

◆村山勝彦(陸上自衛隊) 主要経歴

平成
2年3月 一般陸曹候補学生第1教育団
2年7月 第3陸曹教育付
2年11月 第9師団司令部付隊化学防護小隊化学手
年 月 化学防護小隊化学陸曹
10年3月 第11師団司令部付隊化学防護小隊化学陸曹
11年4月 一般幹部候補生化学防護小隊偵察班長
12年3月 第18普通科連隊第3中隊小銃小隊長
13年3月 関東補給処化学部整備工場整備班長
年 月 化学部補給整備課検査班長兼技術班長
17年3月 第6化学防護隊隊本部運用訓練幹部
20年3月 第12旅団司令部第4部化学補給整備幹部
23年3月 化学学校付
24年3月 中央即応集団司令部防衛部化学班長
26年3月 中央特殊武器防護隊隊本部3科長
28年3月 第6特殊武器防護隊長

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