【退役】松尾洋介(第4航空団司令・空将補)|第30期・航空自衛隊 

松尾洋介(まつお・ようすけ)は昭和38年6月生まれ、佐賀県出身の航空自衛官。

防衛大学校第30期の卒業で幹候76期、出身職種は飛行でF-2戦闘機パイロットだ。

 

令和2年8月(2020年8月) 第4航空団司令兼ねて松島基地司令・空将補として、長きにわたる自衛官生活にピリオドを打った。

前職は航空教育集団司令部教育部長であった。

(画像提供:航空自衛隊松島基地公式Webサイト

(画像提供:航空自衛隊松島基地公式ツイッター

また一人、管理人(私)が大好きな自衛官が自衛隊を去ってしまった。

今回、退役の記事を更新しなければならなくなってしまったのは、松尾洋介・空将補だ。

ご存知のように、ブルーンパルスの拠点として知られる松島基地で、指揮官を務めていた将官である。

 

管理人がなぜ、そこまで松尾を愛していたのか。

それは、おそらく多くの国民の目には全く止まることはなかったと思うが、松尾は現職に着任以来、誰よりも自衛隊を理解してもらうための情報発信を熱心に行っていた将官だからだ。

 

自衛隊では近年、webサイトだけでなく、ツイッターやフェイスブックもフル活用して国民との距離を縮めようとする広報活動が目立つ。

しかし敢えて辛口な言い方をさせていただくと、その広報に指揮官や責任者が積極的に登場している、もしくは独自色を出してまで、部隊のカラーを前面に出すことはほとんど無い。

どこか、一歩引いた没個性的な広報であることが多い。

 

但し、これはもちろん、幹部自衛官の人事ルーティンや軍事組織の本質を考えると、そうせざるをえないことも理解できる。

むしろ、組織に個人の色がつくことほど、軍事組織として最悪なことはない。

だからこそ、与えられた任務を淡々とこなし、副次的な任務は担当者に任せるという指揮官が多いのも当然のことだ。

 

その上で松尾は、あるいは現職が自衛官生活最後の補職であるという思いもあったのかもしれないが、航空自衛隊と松島基地を一人でも多くの人に知ってもらう活動に熱意を注いだ。

国民と自衛隊との距離を縮めることが、自身に課せられた自衛官生活最後の任務であるかと理解していたかのように、とても興味深い情報発信を続けた。

季節の変わり目ごとに、風情を感じさせる花や空を背景に発信する

「司令からの挨拶」

の更新は、管理人にとって本当に楽しみなコンテンツであった。

それだけに、その松尾の退役をとても寂しく思う。

 

なお松尾はもちろん、ただパフォーマンスに優れていただけの将官などではない。

F-1戦闘機のパイロットとして日本の空にデビューした後、各地の空で転戦し、エリーロパイロットの代名詞である「飛実」、すなわち飛行開発実験団の飛行実験群飛行隊では、テストパイロットも経験している。

そんな松尾のキャリアについては、以下から改めて確認して欲しい。

 

松尾空将補。

本当に長い間、お疲れさまでした。ありがとうございました。

まだまだ気力・体力が充実しているであろう中でのご退役は残念ではありますが、きっと後は、ご自身がお育てになったパイロットたちが継いでいってくれると確信しています。

まずはゆっくりとお休みになって、第二の人生にお備え下さい。

 

その誇りある自衛官人生に、心からの敬意と感謝を申しあげます。

(2020年9月8日 最終更新)

 

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以下は、在職時に更新していた記事のアーカイブです

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2019年1月現在、第4航空団司令兼ねて松島基地司令の要職にある松尾だ。

ご存知のように、第4航空団は宮城県に所在し、ブルーンパルスの拠点として知られている。

また「F-2戦闘機パイロットの心のふるさと」とも言うべき基地でもあり、我が国の航空自衛隊基地の中でも非常に存在感が大きい。

東日本大震災にあっては、当時の基地司令であった元空将補の杉山政樹(第26期)が、全機喪失のリスクを果断に受け入れ即時の総員退避を命じ、直後に基地が津波に呑み込まれたことを巡り話題になった。

もちろんこの決断は非常に見事なものであり、我が国の自衛官の決断力、勇気、危機に際しての優先順位の判断力の高さなどが際立ったものであったが、それでもF-2戦闘機を始めとした28機喪失の結果は決して小さくはないインパクトである。

そのため、一部の「識者」からは非常に叩かれる事になったが、今となっては杉山の決断の正しさが証明されていると言って良いだろう。

いずれにせよ、ブルーの母基地でありF-2戦闘機の故郷と言うことなどを含めて、非常に話題の多い東北の要衝だ。

 

そしてその、F-2戦闘機の第21飛行隊、ブルーインパルスの第11飛行隊から構成される第4航空団を率いる松尾である。

管理人(私)には、私見でいろいろ勝手に自衛官の方を尊敬し、あるいは凄いと思っている人が少なくない。

その時によってお答えは変わるかも知れないが、例えば一般大学出身者の星とも言ってよい宮川正(第26期)などは、退役をされた今もなお、とても大好きな自衛官の一人だ。

同様に、有事の際にどの指揮官の下で働きたいかと問われても何名か思いつくが、イチオシは2019年1月現在で海上自衛隊幹部学校長を務める湯浅秀樹(第30期)であろうか。

この人の指揮下で仕事をすれば、悪運は全て逃げていくのではないかという程に、明るさを貰える予感がする。

同様に、2019年現在で、陸海空3自衛隊の中でもっとも親しみを感じる指揮官は誰かと聞かれたらまず一番に、この松尾の名前を挙げたいと思っている。

それはどういうことか。

 

まず第4航空団兼ねて松島基地司令に求められる任務は、一般国民の目線から言えば、どうしてもブルーインパルスを統率する指揮官というポジションになる。

恐らく他の基地司令に比べネットでのアクセスも多く、「みられる」ことも意識しなければならないだろう。

そんな中、松尾は現職に着任して早々に、松島基地公式のツイッターを立ち上げ、非常に盛んなメッセージ発信を始めた。

そしてそのフォロワー数は、わずか1年で23000人に達している(2019年1月現在)。

また基地司令からの挨拶も4季に応じて更新し、とても季節感のある素敵な写真が魅力のメッセージを発信する。

春になれば、松島基地のさくらをバックに。初夏になれば、藤の花をバックに花言葉を添えて、松島基地の在り方を国民に発する。

雪のない初冬であれば、上記画像1枚目のように国民の関心が高いパイロットとしての一面も見せ、基地司令として国民に多くのメッセージを発信した。

SNSだけでなく、公式Webサイトの情報までもここまで上手に活用し、PRを展開してる手腕は非常に見事だ。

そしてアクセスするたびに、基地隊員の笑顔やブルーパイロットの厳しい訓練などの動画が追加されており、そこで任務に励む隊員の体温すらも感じられるコンテンツに溢れている。

このようなものを魅せられては、親しみを感じるなと言われる方が無茶というものである。

 

率直に言って、陸海空に限らず現場では、各部隊の指揮官といえどもなかなか新しいことを始める裁量が大きくはないのかもしれない。

そんな事もあって、指揮官が交代しても外部からは余り変化を感じないことが多いが、松尾についてはそんな印象が全く無いほどに、次々と新しい試みをしているように感じる。

そんな事もあり、2019年現在で非常に親しみを感じる指揮官の一人となっている。

ぜひそんな見方としても、松尾の指揮統率ぶりと松島基地隊員の頑張りに、注目をしてもらえたら幸いだ。

 

では、そんな要職にありながらもここまで親しみを感じさせる松尾とは、これまでどのようなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。

少し詳細に、その経歴をみていきたい。

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