田中重伸は昭和38年12月27日生まれ、千葉県出身の陸上自衛官。
防衛大学校第30期の卒業で幹候67期、出身職種は航空科だ。
平成29年12月(2017年12月) 第3師団長・陸将
前職は西部方面総監部幕僚長兼健軍駐屯地司令であった。
なお、第3師団長としての指導方針は以下の通り。
【統率方針】
「 使命を果たす」
【要望事項】
「職責を全うせよ」
(画像提供:陸上自衛隊第3師団公式Webサイト 師団だより29年12月号外)
2018年10月現在、政経中枢師団の一つ、第3師団長を務める田中だ。
第3師団は近畿2府4県をその担当地域に収め、京阪神を中心とする政治・経済の中枢を防衛することが主任務であることから、このように呼ばれる。
なお、数ある師団・旅団の中で、政経中枢師団と呼ばれるのは、この第3師団と、首都圏の防衛を担う第1師団の2つだけだ。
その特徴は軽武装と高機動力にあり、時に市街地や建物の中での生起が予想されるCQB(Close Quarters Battle:近接戦闘)も想定し、日夜訓練に励む。
また、NBC(Nuclear、Bio、Chemical)兵器と呼ばれる核、生物、化学の各大量破壊兵器を用いた都市部への攻撃にも備えるなど、正面戦闘ばかりでなくあらゆる可能性も視野に入れた装備と編成も併せて特徴とする。
そのような、我が国の心臓部とも言える大都市を守る田中だが、出身は航空科。
2等陸佐の頃に、独連邦軍指揮大学にも留学するなど、その経験・知見は非常に幅広い。
そして何と言っても、その補職で印象的なポストは、平成24年7月から務めた第1ヘリコプター団長であろうか。
第1ヘリコプター団は木更津市に所在し、第1空挺団や特殊作戦群とも密接に連携を取りながら、我が国の最精鋭特殊部隊をどのような環境にでも送り込む、空の最精鋭部隊となっている。
航空科にある幹部として、その団長職に着任することはもっとも栄誉あるポストの一つだ。
東日本大震災の時には、福島第一原発に決死の放水作業を行ったことでも知られ、その冷静沈着で勇猛果敢な任務遂行ぶりは全軍の士気を高く鼓舞する。
また、海上にある不審船などに特殊部隊を送り込む役割も担うなど、非常に危険な任務の最前線に常に立ち続けることから、心身ともに非常にタフな幹部曹士揃いとなっている。
そしてそのような、誇り高い精鋭部隊を率いることができるのもまた、心身ともにタフで誇り高い幹部のみである。
田中はこのような補職を重ね、陸将への階段を順調に駆け上がってきた。
では、そんな最精鋭部隊を率いてきた田中とは、どんなキャリアを歩んできた幹部なのか。
少し詳しく、その経歴を見ていきたい。
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