澤村満称子(第6後方支援連隊長・1等陸佐)|第39期相当・陸上自衛隊

澤村満称子(さわむら・みなこ)は昭和46年10月3日生まれ、東京都出身の陸上自衛官。

名古屋に所在する南山大学仏文学科を卒業し、平成7年3月に陸上自衛隊に入隊しているので、防衛大学校第39期相当の幹候76期ということになる。

職種は需品科だ。

平成29年8月(2017年8月) 第6後方支援連隊長・1等陸佐

前職は陸上幕僚監部装備計画部装備計画課勤務であった。

なお、第6後方支援連隊長としての指導方針は以下の通り。

【要望事項】

「使命を自覚せよ」
「技術を練磨し、自分の仕事に誇りをもて」
「あくなき執念を持ち物事にあたれ」


(画像提供:陸上自衛隊東北方面隊公式Webサイト みちのく30年4月号 ※PDF注意)

2018年11月現在、第6後方支援連隊長を務める澤村だ。

すでに前時代的な言葉になりつつある修飾を敢えて使うと、「史上初の女性連隊長」ということになる。

2017年8月の連隊長着任からずいぶんとメディアを騒がせたが、その後余りにも多くの「女性初」が続いたため、最近では少し報道も落ち着いてきたかも知れない。

なおその澤村だが、大学を卒業したのは平成6年3月だったので、実は自衛官になる前、1年間のフリーター生活を送っている。

大学卒業から1年ほど、名古屋でイベントコンパニオンをして活躍してたというのだから驚きだ。

40代後半になった今も、その美貌は全く変わらない。

上記画像1枚め、左端の澤村はびっくりするほど若くて美人だ。

しかし、それにしても後方支援系のためか、部下の女性にも若くて美人が多いような・・・。

ところでその澤村が、自衛官を志した理由についてだ。

元々は、学生時代から外交官を志していたそうなのだが、恩師から、「外交と軍事は表裏一体の関係である」と諭される。

さらにいろいろなことを考えると、外交官としては十分な活躍ができないのではないか。

そんなことも考え合わせて、一転して自衛官を目指すことを決意。幹部候補生採用試験に合格し、陸上自衛隊に入隊することになった。

まだ女性の幹部自衛官という存在が極めて珍しい時代であり、防衛大学校に女性が存在していない時代に幹部となり、フロンティアとなった澤村の功績は極めて大きい。

本人は、「女性初」という冠が余り好きではないそうだが、やはり何事もフロンティアの残した功績は大きく評価されるものだ。

もうしばらくは、澤村の行き先ざきに、多くの「女性初」がつきまとうことになりそうである。

では、そんな澤村とはこれまで、どんな経歴を歩み「女性初の連隊長」に上番することになったのだろうか。

少し詳細に、そのキャリアを見ていきたい。

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コメント

  1. 元同僚 より:

    彼女は平成7年入隊、39期相当ですよ。

    • ytamon より:

      失礼しました、そのとおりですね。
      修正し、関連する記述も全て訂正しました、ありがとうございました!