岩城公隆(いわき・きみたか)|第32期・航空自衛隊

岩城公隆は昭和40年6月生まれ、鹿児島県出身の航空自衛官。

防衛大学校は第32期の卒業(電気工学)、幹候は78期の卒業だ。

平成28年12月 第4補給処長・空将補

前職は航空幕僚監部人事教育部人事計画課長であった。

2018年3月現在、航空自衛隊第4補給処長を務める岩城だ。

第4補給処は埼玉県狭山市の入間基地に所在しており、航空自衛隊の需品、資材、弾薬、化学器材などの整備保管を行う他、その調達までも任務とする。

中でも本処では、航空自衛隊の即応性を維持するための品目を多く扱っていることから、その円滑な運営は、空自各部隊運営における機能を左右するほどの重要な役割を担う。

そしてその第4補給処が所在する入間基地は、航空自衛隊の基地の中でも非常に多くの機能を持つ基地として知られる、大規模基地だ。

中部航空方面隊司令部のみならず、航空救難団司令部、第2輸送航空隊、航空医学実験隊、それに第3補給処と第4補給処も所在するなど、非常に多くの機能を持ち、我が国の航空戦力を支える要として機能する。

そのような極めて重要な基地であるためであろう。

2015年頃、入間基地の案内板から第4補給処以外の所属所在部隊名が全て削除され、それを左派系機関紙が問題視して騒いだことがある。

さらに航空祭の会場内を散策し、一般隊員に様々なことを聞き込んだ結果を記事にしていたが、航空祭の会場に普段自衛隊を毛嫌いし、その活動の全てを拒絶しようとする政治勢力も入り込んでいる事実は、空恐ろしくなる思いであった。

隊員にはこれら「結論ありき」の記事を書こうとする政治勢力と、本当に自衛隊が好きで色々なことを質問する来場者との区別などつかないだろう。

そうなれば、聞かれたことに曖昧に答えざるを得なくなり、一般市民との距離を縮めるという意味ではやはりマイナスだ。

それがこういった政治勢力の目的の一つであろうとは思うが、その目的の先には、一体どのような目標があるのだろうか、残念でならない。

なお余談だが、空自の基地祭では余り感じたことはないが、陸自の駐屯地祭の際には、建物の階段踊り場や屋上から、実にたくさんの監視の目が光っている。

海自の護衛艦で体験航海に参加させて頂く際などにも、来艦者は全て動画撮影されていた。

やましいことなど無い身にはむしろその緊張感が心地よく、自衛隊の「本気度」が伝わってくるようであった。

そのようなこともあるので、自衛隊のイベントに参加する際には、冗談でも不審物を持ち込むのは絶対に止めよう。

多分シャレにならないことになり、確実に出禁になる。

さて次に、その岩城のキャリアと、32期の人事の状況についてみてみたい。

岩城が航空自衛隊に入隊したのは昭和63年3月。

1等空佐に昇ったのが平成19年7月であったので、32期1選抜からは半年遅れであった。

そして空将補に昇ったのが28年12月であり、こちらは同期1選抜の3年4ヶ月遅れとなる。

とは言え、航空自衛隊の「航空幕僚長レース」は、1選抜のスピード出世と必ずしも関係があるわけではない。

西部航空方面隊司令官を務め、2018年3月現在で第21代航空支援集団司令官を務める山田真史(第28期)空将は、なんと1等空佐に昇ったのが同期1選抜の2年遅れであった。

これが空将補の段階であったのであればまだわからなくもないが、1等空佐の段階で1選抜に2年遅れたにも関わらず、そこから怒涛の出世を遂げ、同期1選抜9ヶ月遅れでの空将昇任を果たしている。

もちろん、28期組航空幕僚長候補の一人である。

それほどまでに、航空自衛隊の人事には柔軟さがあり、臨機応変に適材適所の配置をしていくこと言うことであろうか。

陸自ではちょっと類似の事例がまず見られないので、新鮮な驚きだ。

そんな前提を置いた上での、32期組の空将補名簿を見てみたい。

なお32期組は、2019年夏の将官人事で最初の空将が選抜されるので、空将補が出世頭となる。

鈴木康彦(第32期)・航空幕僚監部人事教育部長(2013年8月)

阿部睦晴(第32期)・航空幕僚監部装備計画部長(2013年8月)

柿原国治(第32期)・北部航空警戒管制団司令(2014年3月)

尾崎義典(第32期)・統合幕僚監部総務部長(2014年8月)

川波清明(第32期)・航空幕僚監部運用支援・情報部長(2015年8月)

上境賢己(第32期)・第1術科学校(2015年12月)

岩城公隆(第32期)・第4補給処長(2016年12月)

※肩書きは全て2018年3月現在。( )は空将補昇任時期。

空将補の在任期間を考えると、おそらく1選抜で空将に昇る可能性があるのは鈴木、阿部、柿原、尾崎あたりの4名に絞られそうだ。

とはいえ、「勇猛果敢、支離滅裂」の航空自衛隊のことである。

その先の人事は全く見通すことができず、一つだけ確実に言えることは、上記の7名はこの先5~7年に渡り、我が国の平和と安全を守っていく中心メンバーになるであろうということ。

そしてもちろん今も、日本の空の安全を守っている最高幹部たちである。

間もなく空将に昇るものも出始めて、ますます活躍の場を広げていく世代である。

その動向は楽しみに注視し、そして応援していきたい。

◆岩城公隆(航空自衛隊) 主要経歴

昭和
63年3月 航空自衛隊入隊
63年9月 第7航空団(百里)

平成
5年8月 補給本部第2部第2整備課戦闘機班(市ヶ谷)
8年8月 防衛大学校(横須賀)
11年1月 3等空佐
12年3月 幹部学校付(目黒)
13年3月 航空幕僚監部防衛部防衛課編成班(市ヶ谷)
15年1月 2等空佐
16年3月 航空幕僚監部総務部会計課予算班(市ヶ谷)
17年4月 第3航空団基地業務群会計隊長(三沢)
18年3月 航空幕僚監部総務部会計課予算班(市ヶ谷)
19年7月 1等空佐
20年3月 幹部学校付(目黒)
21年4月 航空幕僚監部総務部会計課予算班長(市ヶ谷)
23年7月 中部航空警戒管制団(入間)
23年8月 中部航空警戒管制団基地業務群司令(入間)
24年7月 航空幕僚監部装備部装備課調達室長(市ヶ谷)
26年3月 航空幕僚監部総務部会計課長(市ヶ谷)
27年12月 航空幕僚監部人事教育部人事計画課長(市ヶ谷)
28年12月 第4補給処長(入間) 空将補

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省航空自衛隊 第4補給処公式Webサイト(補本長部隊視察写真及プロフィール画像)

http://www.mod.go.jp/asdf/4dep/adm/katudoujisseki/katudou.html

http://www.mod.go.jp/asdf/4dep/adm/syochou/aisatu_syochou.html

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする