中尾剛久(舞鶴地方総監・海将)|第29期・海上自衛隊

中尾剛久(なかお・たけひさ)は昭和37年12月26日生まれ、鹿児島県さつま町出身の海上自衛官。

防衛大学校第29期(電気工学)の卒業で幹候36期、出身職種は判明しないが後方支援系であり、おそらく経理と思われる。

平成29年12月(2017年12月) 舞鶴地方総監・海将

前職は海上幕僚監部装備計画部長であった。

なお、舞鶴地方総監としての指導方針は以下の通り。

【統率方針】精強・即応

【要望事項】分(役割)を尽くせ

(画像提供:海上自衛隊舞鶴地方隊公式Webサイト)

(画像提供:海上自衛隊舞鶴地方隊公式Webサイト)

2017年12月現在、舞鶴地方総監を務める中尾だ。

座右の銘は「不進即退」。

進まないことは退くことと同じことである、という意味だが、どこか昭和の名将・山口多聞提督を思わせる。

山口多聞も、「道に迷うことがあれば、死ぬ方を選べ」と常々部下に言い聞かせ、また自分自身の生き方としても実践していた。

なおこの考え方は、言うまでもなく命を粗末にしろと言うことではない。

万策尽きて追いつめられたときには、決して立ち止まらず、積極果敢な策に打って出て、死中に活を求めよ、という意味である。

そしてその生き方を貫き、日本海軍が大惨敗を喫したミッドウェー海戦において唯一、米空母ヨークタウンと刺し違えて一矢報いる活躍を見せた。

主力4空母のうち3空母が被弾・轟沈していく中で、並の精神力ではまず戦力の立て直しと集結を計り、その後に反転を仕掛けたくなるものだろう。

しかし山口はそれが無意味なことをよく理解しており、1隻だけ残された空母飛龍の総力を上げて、最後の航空攻撃を仕掛ける。

そして飛龍もまた、まともに敵の攻撃を受け続け大破。

沈みゆく飛龍を枕に、加来止男・大佐(少将に特進)と共に海に還っていった。

あるいはこの中尾の座右の銘も、そんな山口多聞の影響を受けている部分があるのかも知れない。

その中尾が任されている、舞鶴地方総監。

対北朝鮮弾道ミサイル防衛の最前線であり、また中国を始めとした北東アジア情勢への対応も求められる地方隊であって、その重要性は極めて高い。

加えて、北朝鮮の軍人ないしは軍属と思われる者たちに依る日本海の漁場荒らし、北海道離島における設備荒らしなどが頻発し、また工作母船と思われる木造船の漂着も相次ぐなど、不穏な動きが続く。

これらの動きは、1999年に発生した大事件、能登半島不審船事件を強く連想させる。

能登半島不審船事件とは、日本人を拉致している可能性が濃厚な北朝鮮の木造船を拿捕するために史上初めて、海上自衛隊に海上警備行動が発令された事件だ。

この際、護衛艦「みょうこう」と「はるな」は実力を行使し、北朝鮮船に向けて実弾を威嚇射撃するなど、我が国の歴史に残る事件となった。

北朝鮮の軍人・軍属が日本海において活発に活動をしている今の状況は、単に干しイカが目当てとは考えにくい。

米朝の対話ムードで表向きこの地域の緊張は緩和されているかのように見えるが、もちろんそれもアテになるようなものではない。

北朝鮮はいつでも弾道ミサイルの乱射を再開する可能性があり、またそうなれば朝鮮半島情勢は再び、極めて不安定な緊張状態に陥るだろう。

中尾が総監に着任した舞鶴とはそのような状況にあり、またそのような厳しい任務を担っている重要な地方隊である。

では、そんな要職を任されている中尾とはこれまで、どのようなキャリアを歩んでいた幹部なのだろうか。

少し詳細に、その経歴を見ていきたい。

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