関口雄輝は昭和39年12月7日生まれ、東京都出身の海上自衛官。
防衛大学校は第33期、幹候は40期の卒業だ。
平成29年8月(2017年8月) 統合幕僚監部指揮通信システム部長・海将補
前職は在米国大使館 防衛駐在官であった。
2018年2月現在、統合幕僚監部指揮通信システム部長の要職にある関口だ。
そのキャリアは海上自衛隊らしい「米国通」という言葉がよく似合う。
1等海佐である平成21年には米中央軍司令部連絡官を。
平成22年には統幕運用1課で日米共同班長を務めた。
そして海将補である平成26年6月からは3年間、在米国大使館の主席防衛駐在官を務め、日米の軍事交流に大きな成果を挙げ帰国。
統幕の要職に着任することになった。
数ある防衛駐在官派遣国の中でも、やはり米国はあらゆる意味で特別だ。
我が国は、2017年11月現在で世界44大使館2代表部に64名の防衛駐在官を派遣しているが、将補職が赴任するのは米国だけである(将補×1、1佐×2、2佐×3:2017年11月現在)。
さらに米国には6名が駐在しており、階級・人数ともに他の国よりも多くのリソースを費やし、「軍人外交」に力を入れている。
なお米国の6名の次に多い国は3名であり、その国はインド、韓国、中国、オーストラリア、ロシア(以上、1佐×3)という状況だ。
意外にも、ドイツ(1佐×1、2佐×1)、フランス(1佐×1、3佐×1)、イギリス(1佐×1、3佐×1)の欧州主要各国は2名であり、なおかつ英国は1佐と3佐という階級を考えても、少なくとも「軍事交流」にはそれほど力を入れていないと理解することもできる。
そのような、いわば「防衛駐在官の華」とも言うべき米国に、海将補として赴いた関口である。
ある意味で防衛駐在官の中でもっとも重要なポストを任されたわけだが、さらに関口は在任中、アジア人として初めて、在米国国防武官団の団長に選ばれるという栄誉を受けた。
このポストは米国防情報局(DIA)が任命する公式の役職であり、アメリカに駐在する、100カ国を越える国からの駐在武官を取りまとめることを任される。
過去にこのポジションに選ばれた国はフランス、ドイツ、豪州などの数か国に限られていたが、関口はその慣例を破り、アジア初の団長に選ばれた。
このことは、この時期米国が日本との関係を重視しようとした意思表示であるとみることもできるが、やはり関口個人の、その米国通のキャリアによるものが大きいであろう。
非常な栄誉であり、関口にもとりわけ、印象深い任務になったのではないだろうか。
さて次に、関口のキャリアと、同期である33期の動向について見てみたい。
関口が海上自衛隊に入隊したのは平成元年3月。
1等海佐に昇ったのが平成20年1月なので、33期組1選抜(1番乗り)のスピード出世だ。
海将補に昇った時期だが、正直言ってさっぱり分からない・・・。
本来であれば、33期組の海将補1選抜は平成26年夏の将官人事である。
にも関わらず、平成26年夏以降の将官人事発令を全て洗っても、関口の名前が無い。
或いは陸空と同様に、平成26年6月に米国に防衛駐在官として赴く1選抜よりも前のタイミングで海将補に昇ったのかと、平成25年12月以降からの将補人事の辞令を洗ってみたが、やはり存在しない。
一方で、関口は海将補の身分として米国防衛駐在官に赴任しているので、確実にこの間に将補に昇っている。
そして帰国後の2017年8月、一度海将補の任を解かれてから、改めて海将補の辞令が発令されて現職に着任した(このあたりも、外の人である私には謎辞令である・・・)。
このあたりのルールは細かく承知していないので何とも言えないが、あるいは防衛駐在官は、形としては外務省に出向することになるので、防衛省が管轄する海将補の定員外という扱いになるのかもしれない。
そして外務省側で海将補に昇任をするという扱いになり、防衛省での辞令が発令されてないのかと推測しているが、自信がないので参考までにして欲しい(誰か知っていれば教えて下さい・・・)。
いずれにせよこの間の流れからわかる事は、関口は1選抜もしくはそれに準じるスピード昇任で海将補に昇り、エリート中のエリートである米国防衛駐在官に着任したということだ。
そして帰国後も、統幕の要職に就き、順調にキャリアを積み上げているということになる。
なお2018年2月現在で、海将補にある33期組は以下のような状況だ。
33期組から最初の海将が選抜されるのは2020年の予定であり、33期組の出世頭一覧ということになる。
関口雄輝(第33期)・統合幕僚監部指揮通信システム部長(2014年6月?)
齋藤聡(第33期)・海上自衛隊幹部候補生学校長(2014年8月)
真殿知彦(第33期)・統合幕僚監部防衛計画部副部長(2014年8月)
俵干城(第33期)・防衛大学校訓練部長(2015年3月)
市田章(第33期)・第5航空群司令(2015年8月)
小峯雅登(第33期相当)・第2航空群司令(2016年3月)
近藤奈津枝(第33期相当)・統合幕僚監部首席後方補給官(2016年12月)
今吉真一(第33期)・防衛装備庁長官官房艦船設計官(2017年3月)
※肩書は全て2018年2月現在。( )は海将補昇任時期。
以上のようになっており、まずは関口、齋藤、真殿、俵、市田あたりまでが近い将来の海上幕僚長候補となるであろうスピード昇任といった状況になっている。
おそらく2020年、最初の海将が選抜される際も、この5名のいずれかから選ばれることになるだろう。
それとは別に、やはり存在感を放っているのは近藤海将補だ。
海上自衛隊史上(というよりも、日本海軍建軍以来)、医官を除き将官に昇った最初の女性であり、極めて優秀なスーパーウーマンである。
なおかつ、1年間の学校教員を経ての転身で海上自衛隊に入ったキャリアとも併せ、話題は尽きない。
そして、これらスーパーエリートの中でも、際立った米国通である関口だ。
その知見と見識を活かし、さらにその存在感を増して行き、活躍してくれることだろう。
今後ともその動向には注目し、そして応援していきたい。
※
本記事は当初2017年8月22日に公開していたが、加筆修正が重なったので2018年2月21日に整理し、改めて公開した。
◆関口雄輝(海上自衛隊) 主要経歴
平成
元年3月 海上自衛隊入隊(第33期)
20年1月 1等海佐
21年6月 米中央軍司令部連絡官
22年8月 統幕運用第1課日米共同班長
23年8月 第11護衛隊司令
24年8月 海幕防衛課分析室長
24年12月 海幕防衛課防衛調整官兼分析室長
26年6月 在米国大使館防衛駐在官
29年8月 統合幕僚監部指揮通信システム部長
【注記】
このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。
主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。
自衛官各位の敬称略。
※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。
【引用元】
防衛省統合幕僚監部 公式Webサイト(顔写真)
http://www.mod.go.jp/js/Joint-Staff/js_j6.htm
防衛省海上自衛隊 幹部学校公式Webサイト(留学生交歓写真)
http://www.mod.go.jp/msdf/navcol/messages/message-saitou_nakano.html
お父上様はお元気ですよ(*´∀)♪案じておりましたが、信じているそうです。お国のためにどうぞ、無理せず頑張ってください。
島国、日本を守る海上自衛隊に、叔父がお世話になり、今は退官しましたが、陸 海 空と国を守る防衛省の幹部様として、日々私たちを守ってくださってありがとうございます。私がもう少し若くあれば、是非お役に立ちたい思いで一杯です。今は、この国を作ってきた諸先輩の介護をお手伝いしております。栃木の鹿沼という土地で皆様の日々の生活の安全とご健勝を祈っています。よい伴侶には恵まれませんでしたが、自衛隊の方と縁していたなら内助の功で、尽くしたかったです。
とても素晴らしい書き込みをありがとうございました。
福田様のその思いだけでも、自衛隊と自衛官の大きな力になるはずです。
それぞれの立場で国防のために尽くせることを、これからも頑張っていきたいですね!
ytamonさん
自衛官の方でしょうか?
こちらこそ、コメントありがとうございました。m(__)m