その大﨑が陸上自衛隊に入隊したのは、平成11年3月。
1等陸佐に昇ったのが30年1月であり、43期組1選抜(1番乗り)となるスピード出世だ。
そして先述のように、そのまま3月から幹部高級課程に入校し、将来の将官候補として厳しい教育訓練を受けている真っ最中である。
(画像提供:陸上自衛隊公式Webサイト)
(画像提供:陸上自衛隊公式Webサイト)
なお大﨑を記事にする際には、まだまだレアな存在である女性高級幹部ということでどうしても「女性」を強調してしまいがちになっているが、こんな話がある。
まだ大﨑が第2後方支援連隊の輸送隊長であった時に小島は、やはり気になったこととして、
「輸送隊長として指揮官職を執られているが、女性の指揮官として普段の隊務で着意していることは?」
とインタビューしたそうだ。
それに対し大﨑は困った顔をし、30秒ほど考えた上で、
「私は自分が女性の指揮官と言うことで考えたことはありません。任務をいかに達成しようかと。それだけです。」
と、24期も先輩である小島の目をしっかりと見据え、力強く答えたという。
これには小島も、余計な質問をしたことを大﨑に詫びるしか無かったそうだ。
小島は当時のことを、
「私の認識は古いですね、この時ばかりは1本取られました。」
と、当時のエピソードを楽しく話してくれたが、それもそのはずで大﨑は剣道6段の腕前で、全自(全自衛隊)剣道大会での、優勝争いの常連であるほどの剣豪だ。
少し気を緩めたら、鋭い一撃が飛んでくる幹部であることは間違い無さそうである。
なお、その大﨑の職種は先述のように輸送科。
輸送科といえば、なかなか多くの将官を排出しているイメージがない職種だが、おそらくそれも近い将来に大きく変わっていくことになるのではないだろうか。
というのも、陸上自衛隊が成し遂げようとしている変革は、予算と部隊、それに装備が削減され続けているにも関わらず、より精強な部隊を作り上げよという国民からの厳しい期待に応えようとするものだからだ。
このような無茶な要求に陸自は、戦力の集中と機動力の向上で、答えを出そうとしている。
しかしながらこの新しい戦略構想は、確度の高い確実な輸送力無くしては、絶対に成し遂げることができない。
つまり、輸送科の果たすべき責任と、求められる能力の向上こそが、我が国の平和と安全を根本から左右することになると言うことだ。
実際に東日本大震災の際には、こんな話がある。
当時、陸上幕僚監部で装備計画課の輸送室長を務め、被災地への十分な輸送手段を直ちに確保することを求められた源弘紀(第31期)は、厳しい現実に直面し非常な苦労を重ねる。
それもそのはずであり、陸続きであるはずの東北地方なのに、高速道路にはトラフィックが集中し完全に麻痺。
また海路も、3隻ある海上自衛隊の大型輸送艦のうち1隻はドックにあり、1隻は海外任務中で使用できるのはわずか1隻。
また現地のインフラは津波で破壊されていたことから、現地での輸送手段も全て白紙から検討する必要がある。
つまり、支援に駆けつける部隊と物資は既に全国各地で十分な士気の下で待機しているのに、肝心の輸送手段が無かったということだ。
この状況を源自身、「東北は完全な、離島作戦だった」と振り返るほどに、ロジスティックスは有事の際に、十分に機能したとは言い難い状況に陥った。
この時の教訓から、自衛隊では有事の際に民間のフェリーを借り上げるなどの契約を積極的に進め、直近では西日本豪雨、それに北海道地震でも、民間のフェリーも利用しながら移動し、被災者支援にあたっている。
要するに、国家が侵略を受けるような有事を想定した際にはさらに、物流手段の確実な確保が、我が国の命運を左右するということだ。
戦力の集中と機動力の向上を、防衛戦略の基本としている現在の陸自の戦略では、輸送科の役割は相対的に高まっていくことは当然の流れとなるであろう。
そしてその期待のエースであり、中堅幹部の注目株である大﨑である。
小島が後輩の活躍に胸を熱くし、その将来を期待し嘱望しているのも当然と言ったところであろうか。
当サイトでもぜひ、引き続き注目していきたい。
ところで1点、この戦略機動についての話だ。
まだ記憶に新しい平成28年度4月14日に発生した熊本地震。
この際に大﨑は、北海道旭川の第2師団隷下、第2後方支援連隊で輸送隊長を務めており、連隊長の鶴村和道を支える副隊長として災派(災害派遣)に赴いている。
北海道の旭川から長駆し熊本まで駆けつけたのは、一義的にはもちろん、震災で困窮疲弊する熊本県民を救援するためだが、その一方で長距離機動は、有事の際の重要な機動訓練でもある。
この際の移動と部隊展開でも大﨑は非常な成果を残しており、戦略機動についても全く不安のない手腕を、しっかりと証明して見せた。
そう言った意味でも、その知見はますます我が国にとって大きな財産となっていくだろう。
将来の将官候補して、その動向がますます楽しみになってきた。
とはいえ43期組は、1選抜の大﨑でも2018年1月に1等陸佐に昇ったばかりであり、最初の陸将補が選抜されるのが2024年と、まだまだ先のことである。
1等陸佐としてまだまだこなすべき任務は数多くあり、まずは足元でどのような活躍を見せてくれるのか。
女性幹部としての注目を集めがちではあるが、輸送科の幹部として、我が国の平和と安全を直接担うことになるエースとして、ぜひ注目をして欲しい。
そして大﨑だけでなく、この一見目立たないが、極めて重要な役割を果たす輸送科という職種で働く多くの幹部曹士の自衛官を、一人ひとりの国民が、力強く応援して貰えれば幸いだ。
※文中、自衛官および関係者各位の敬称略。
◆大﨑香織(陸上自衛隊) 主要経歴
11年3月 陸上自衛隊入隊(第43期・女子4期生)
11年10月 東北方面輸送隊第309輸送中隊(霞目)
14年9月 第2次東ティモール派遣施設群本部輸送調整幹部(PKO東ティモール)
15年3月 東北方面輸送隊本部運用訓練幹部(霞目)・中越地震震災派遣
17年3月 東北方面輸送隊第309輸送中隊副中隊長(霞目)
18年3月 輸送学校戦術教官(朝霞)
19年8月 幹部学校#53CGS学生(目黒)
21年8月 福岡地方協力本部募集課計画班長(福岡)
24年4月 神戸大学大学院法学研究科修士課程(神戸)
26年3月 陸上幕僚監部法務官付(市ヶ谷)
28年3月 第2後方支援連隊輸送隊長(旭川)・熊本地震災害派遣
29年8月 幹部学校教育部法制教官(目黒)・エチオピアPKOセンター講師
30年1月 1等陸佐
30年3月 教育訓練研究本部#75AGS学生(目黒)
31年3月 陸上幕僚監部副法務官
AGSは6ヶ月、他の課程含めても入校は1年だったかと…。大崎1佐は今年3月23日付で陸幕副法務官で異動されております。
失礼しました・・・古い記事を更新する作業中に、役職を完全に見落としていました。
m(_ _)m