小出昌典(こいで・まさのり)|第36期・第11普通科連隊長

小出昌典(こいで・まさのり)は群馬県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第36期の卒業で幹候73期、職種は機甲科だ。

生年月日は判明しないが、第36期は寄り道なしの場合、昭和44年度の生まれということになる。

 

令和元年8月(2019年8月) 第11普通科連隊長・1等陸佐

前職は統合幕僚監部運用部運用第2課国際地域調整官であった。

なお、第11普通科連隊長としての指導方針は以下の通り。

 

【統率方針】
任務の完遂

【連隊長要望事項】
連携協力
基本・基礎の確行

(画像提供:在インドネシア日本国大使館公式Webサイト

(画像提供:第11普通科連隊公式Webサイト

2019年12月現在、東千歳駐屯地に所在する第11普通科連隊長を務める小出だ。

第11普連は第7機甲師団の隷下にあり、「Mechanized Regiment」すなわち我が国で唯一の完全機械化された普通科連隊である。

言うまでもなくその目的は、第7機甲師団の隷下にあって機甲科部隊とともに完全に協働し、作戦を遂行することにある。

第1~第6までの普通科中隊に加え、重迫撃砲中隊も隷下に収めるなど、その規模は実に1500名に昇り、73式装甲車、89式装甲戦闘車、自走120mm迫撃砲といった装備とも併せて、どこが普通科連隊やねん・・・と思わずツッコミたくなるくらいだ。

実際に、1500名と言えば一般的な普通科連隊(約850名)の倍近く、軽編成(約650名)の2.3倍にあたる。

人数だけで言えば、陸将補が率いる第1空挺団(約1900名)に近い隷下部隊を運用する組織だ。

この第11普通科連隊長のポストがどれほど特別なものであるのかが、おわかり頂けるのではないだろうか。

 

これほどの要職につく小出のことだ。

これまでの任務はいずれも印象深いものばかりだが、敢えて一つ挙げるとすれば平成22年6月から務めたエジプト防衛駐在官のポストだろうか。

ご存知のように防衛駐在官は、自衛官が外務省に出向し外交官の身分で、諸外国の軍人と「軍人外交」を担うことを任務としている。

やはり軍事情報については、文民である外務省の外交官ではその収集に限界があり、また軍事交流の目的もあって、自衛官が主としてその収集任務に当たる。

そんな重要な任務にあって、小出が赴任したのは「中東の軍事大国」であるエジプトだ。

その動向は、場合によっては一気に中東情勢を不安定に陥れ、またイスラエルとの関係においても常に世界の注目を集め続けてきた重要な国である。

さらに、小出が赴任した時期を聞いて勘のいい人ならお気づきになったかも知れないが、この時期はいわゆる「アラブの春」による大動乱が発生した時期と一致している。

小出の任期は22年6月から25年6月であったが、アラブの春がチュニジアから始まったのが23年1月。

さらにそこからアラブ諸国に大規模デモが飛び火し、23年2月にはエジプトで軍最高評議会が実験を握ると政情は一気に不安定化し、25年には軍事クーデターが発生するに至った。

もちろんその間、小出も情報収集に奔走することになるわけだが、その一方で完全に秩序を失ったカイロを走り回り、邦人保護に食料や水の提供と言った文字通り「非常事態」の中で、国民の生命と財産を守るために体を張った。

いくらなんでも防衛駐在官として赴任した先で、本物の戦場を経験するとは思ってもいなかったのではないだろうか。

そんなタフな任務をこなし無事に帰国をすると、さらに重い任務を次々と歴任していくことになる。

 

では、そんな小出とはこれまで、どのようなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。

少し詳細に、その経歴を見てみたい。

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