夏井隆(なつい・たかし)|第36期・神奈川地方協力本部長

夏井隆(なつい・たかし)は昭和44年12月26日生まれ、宮崎県日向市出身の海上自衛官。

宮崎西高を卒業後、第36期生として防衛大学校(管理学)に入学・卒業し、平成4年3月に海上自衛隊に入隊しているので、幹候43期の幹部ということになる。

 

令和元年11月(2019年11月) 神奈川地方協力本部長・1等海佐

前職は第6護衛隊司令であった。

(画像提供:自衛隊神奈川地方協力本部公式ツイッター

(画像提供:自衛隊神奈川地方協力本部公式Webサイト

いかにも、本物の艦乗りらしいキャリアと言って良いだろう。

惚れ惚れするような海の男の経歴を誇る、夏井のご紹介だ。

2020年4月現在、そのキャリアの中で非常に珍しい陸(おか)勤務の一つである、神奈川地方協力本部長として活躍をしている。

 

目を引くのは、やはりその海上勤務の長さであろうか。

若き3等海佐の頃にはミサイル艇3号艇長を務め、後に第1ミサイル艇隊司令にも上番するなど、その指揮を執った艦種も非常に印象的だ。

なおミサイル艇とはその小回りの利くサイズと速力を活かし、敵の間合いに一瞬で入り込みあるいは肉薄し、一気に敵の喉元に匕首を突きつける、洋上の忍者とも言うべき戦力である。

夏井が指揮を執ったミサイル艇3号艇でいうと、その基準排水量は僅か50トン、最高速力は46ノットであった。

誤字でもケタの間違いでもなく、本当にごじゅっとんである。

 

50トンの基準排水量の船舶がどれほどの大きさかピンとこない人も多いかも知れないので、参考までに画像でご紹介すると、

(画像提供:海上保安庁公式Webサイト

こちら、海上保安庁が運用する巡視艇みちなみで、基準排水量が64トンなのでこれよりもまだ、一回り小さい。

現在、海上自衛隊では50トンクラスのミサイル艇を運用していないのでやむを得ず海保から同クラスの画像を引用したが、これよりもまだ一回り小さなミサイル艇で、日本海の荒波の中で警戒にあたっていたということだ。

また、後に夏井が指揮を執る護衛艦みょうこうが基準排水量7200トンであると言えば、そのサイズ感の違いがおわかり頂けるのではないだろうか。

 

ちなみに現在、海自が運用しているミサイル艇は200トンクラスなので、夏井の時代と比べかなり大型化している。

にも関わらず、今のミサイル艇でも乗り慣れていなければ、海自の幹部であっても相当な確率で船酔いするそうだ。まして当時、50トンクラスであれば揺れ方も相当なものであっただろう。

そんな小型艇の艇長として指揮を執る事ができる幹部というのがどれほどの海の強者であるのか、ミサイル艇3号艇長として、あるいは第1ミサイル艇隊司令として指揮を執ってきた夏井の海の男のとしての実力がおわかり頂けるのではないだろうか。

 

ではそんな夏井とは、これまでどのようなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。

少し詳細に、その経歴を見ていきたい。

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