島津貴治(しまづ・たかはる)|第32期相当・航空自衛隊

島津貴治は兵庫県出身で、中央大学卒業の航空自衛官。

昭和63年3月の航空自衛隊入隊なので、78幹候で一般幹部教育を卒業。

職種は補給であり、昭和39年度の生まれであると推測される。

平成29年3月(2017年3月) 第1航空団副司令・1等空佐

前職は自衛隊青森地方協力本部長であった。

2017年9月現在、島津が補職されているポストは第1航空団の副司令官。

第1航空団は静岡県浜松市に所在し、初級訓練を終えたパイロットの卵たちにT-4練習機を用いて事業用操縦士のライセンス取得に向けた課程を教育する機関であり、この過程を終了することで、晴れて航空自衛隊のパイロットになることができる始まりの地である。

シルバーグレー(死語)のよく似合う島津だが、髪に似合わずまるで20~30代のようにも見える若々しい顔で、今日も航空自衛隊の若鷲たちとともに汗を流す。

第32期相当での航空自衛隊入隊なので、2017年9月のこの記事をポストしている頃は、まさに高級幹部として仕事をこなし、また後進の育成にも尽力する、もっとも重要な指揮官としての世代にあたる。

そのキャリアはとても充実しており、エリート自衛官らしい経歴になっているが、その中でも印象深いのは、やはり平成19年から3年間に渡り務めた、在イスラエル駐在武官の仕事であろう。

一般国民にとってはあまり馴染みがないかもしれないが、イスラエルという国は中東情勢を占う意味ではもちろん、我が国の自衛隊にとっても長年に渡り国連PKO活動に要員を出し続けた、非常に重要な国家だ。

国土の面積は僅か22000平方キロメートルと四国と同じくらいの広さで、人口は834万人ほどだが、常備軍の総数は17万6000人を超える軍事大国。

我が国の人口が1億2000万人であり、自衛隊の実数がおよそ23万人であることと比較すると、イスラエルという国家がいかに国全体で国防を支えているかがお分かりいただけるだろう。

そして実際に、イスラエルには女性を含めた国民総徴兵制度があり、志願兵だけでなく徴兵された兵士も含めて国家と国土の守りについている。

更にこのイスラエルとイスラエル軍。

その規模からは想像できないほどにメチャメチャに強い。

第2次世界対戦後に成立した小国であり、その成り立ちの複雑さから長年に渡り戦争を続けてきた国家だが、無敗と言って良い無類の強さを誇る。

軍事組織としての強さだけでなく、政治力を含めたその強さは相当なものがあるが、本論から外れるのでそれはまた、別稿に譲りたい。

さて、そのイスラエルに現役自衛官が駐在する意味だが、島津が赴任していた当時はゴラン高原にUNDOF(国連兵力引き離し監視隊)要員を派遣していた時期でもあり、イスラエル軍当局者と交流を持つことは不可欠な時勢だ。

ちなみにUNDOFで引き離しを受ける軍事勢力は、イスラエルとシリアである。

その一方の当事者であるイスラエルの軍事的意志を探り、場合によっては撤退を検討しなければならないほどに危険な任務であり、そのような戦地に自衛官が赴くことになった以上、自衛隊きってのエースを投入してでも、イスラエル軍との交流は不可欠という情勢であった。

実際に我が国は、現地の治安悪化により2012年の年末、全自衛官が同地を撤収し、PKO活動を終了した。

戦闘行為が激化し自衛隊員の生命と安全に危機が及ぶ恐れが生じたためだが、おそらくこれも、当時イスラエルにあった防衛駐在官とイスラエル当局者との意思疎通の結果が、その判断に相当影響したと思われる。

軍人は、軍人相手にしか本当のところを話さないという傾向がある。

日本の外務官僚がいかにイスラエル軍の高官と意思疎通を図ろうとしても、文官と軍人の間には越えられない壁があり、そのために軍人外交である防衛駐在官制度は極めて有意義なものであるのだが、このUNDOF撤収の際には、その本領を多いに発揮してくれたことは間違いない。

なお余談だが、防衛駐在官という仕事は外務省に出向して行うものであり、建前上は外務省の外交官ということになる。

そのため、世界の外交の基本がそうであるように配偶者を伴い現地に赴任するのだが、島津もその例外ではなく令夫人を伴い、イスラエルに赴任した。

防衛駐在官の任務には人脈作りも含まれているので、数多くのパーティーやレセプションにも出席することになるが、それらの模様は防衛白書や様々な公式資料として今も見ることが出来るものが多い。

前置きが長くなってしまったが、何がいいたかったのかというと、島津の外交を支え、共にイスラエルで活躍した令夫人は極めつけの美人である。

当時、島津の年齢は40代半ばだが、とても同世代のご婦人には見えず、若々しくてきれいな女性だ。

写真でも伝わるほどに知的で利発そうな女性だが、 もったいない   さすがに高級幹部が選ぶ女性であって、我が国の外交を支える大役を任された令夫人であると納得の人選だ。

なんというか、わざわざ書かなくてはいられないほどの美しい令夫人であったので、つい長々と書いてしまった。

お許し願いたい。

32期相当の年次であり、まだまだ退役まではひと仕事もふた仕事もある島津だ。

後進の教育を任されるべく第1航空団の副司令官に就いたものの、まだまだ現場では島津の力を必要としている。

この先も現場で、あるいは後進を指導する現場で、活躍されることを心から期待したい。

◆島津貴治(航空自衛隊) 主要経歴

昭和
63年3月 航空自衛隊入隊

平成
元年2月 中部航空警戒管制団(千葉県・峯岡山分屯基地)
4年1月 補給本部(東京都・市ヶ谷基地)
8年9月 第3補給処(埼玉県・入間基地)
11年3月 幹部学校付(東京都・目黒基地)
14年7月 幹部学校(東京都・目黒基地)
15年8月 航空幕僚監部人事教育部補任課(東京都・市ヶ谷基地)
17年7月 航空幕僚監部防衛部情報通信課(東京都・市ヶ谷基地)
19年6月 外務省出向(イスラエル駐在官)
22年8月 情報本部(東京都・市ヶ谷基地)
24年7月 中部航空警戒管制団基地業務群司令(埼玉県・入間基地)
27年4月 自衛隊青森地方協力本部長(青森県)
29年3月 第1航空団副司令(浜松)

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省航空自衛隊 浜松基地公式Webサイト(顔写真)

http://www.mod.go.jp/asdf/hamamatsu/fukusirei/index.html

防衛省航空自衛隊 装備品紹介公式Webサイト(PAC-3写真)

http://www.mod.go.jp/asdf/equipment/other/Patriot/

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする