大庭秀昭(おおば・ひであき)|第30期・第1師団長

大庭秀昭(おおば・ひであき)は昭和39年3月1日生まれ、福岡県北九州市出身の陸上自衛官。

防衛大学校第30期の卒業で幹候67期、出身職種は普通科だ。

令和元年8月(2019年8月) 第1師団長・陸将

前職は北部方面総監部幕僚長であった。

(画像提供:陸上自衛隊第1師団公式フェイスブック


(画像提供:陸上自衛隊第10師団公式Webサイト 第10師団だより2015年4月号)

2019年10月現在、「頭号師団」の尊称で愛される、東京練馬に所在する第1師団を率いる大庭のご紹介だ。

我が国の首都及び首都圏を防衛し、文字通り「政経中枢師団」たる重責と、陸自の最高幹部にとってもっとも誇りある重責を担う陸将である。

その職責上、国防に関する知見に長けていることはいうまでもなく、人間的魅力や国内外要人との接遇やコミュニケーションにも優れていなければ務まらない、非常に重要なポストである。

率直に言って、大庭については陸自の内外からとても多くの評判を耳にする。

そしてその全てが、大庭の人柄や仕事に対する姿勢、価値観、生き方・・・いわば大庭という自衛官そのものを称賛する声ばかりだ。

現役の幹部曹士、幹部候補生学校長時代の教え子の元自衛官、元部下であった隊員・・・

なかなかここまで「あの人は本当に凄い」という声ばかりを聞くことは多くないが、断片的な会話から見えてくる大庭の魅力は、その「自分に厳しく、周囲への気配りを忘れない」人間的な強さだ。

その立ち居振る舞いと価値観は、一部の自衛官に「大庭教」とまで言わしめるほどのインパクトがあるが、そのストイックさは特に知られている。

例えば大庭は、野外の真冬でも、いつも腕まくりをして仕事をする。

上記2枚めの写真は、2015年3月に催された第10師団副師団長の離任式の時の胴上げだが、まだ3月だと言うのに、大庭だけが本当に腕まくりをしている。

さらに大庭は、個室を持つ職責になってからも、自室ではどれだけ暑くても、夏場にエアコンをいれることは決して無いそうだ。

ただ、来客の予定がある時だけは部屋を冷やし、ゲストをしっかりと接遇する。

自分の価値観にこだわりながらも、それをゲストや部下に強要するような事はないという意味だ。

これは決して、暑さ・寒さに対するストイックさという意味だけではもちろんないだろう。

「目先のストレスから逃げない」という、大庭の生き方や価値観を表しており、あらゆる任務や状況判断の中でも、きっとこのような生き方をしてきたのではないだろうか。

だからこそ多くの部下から、上司・部下の関係を離れてもなお慕われ続けている。

そんな大庭が陸将に昇り、第1師団長に昇ったことを、無関係な一般人である私(管理人)ですら、とても嬉しく思っている。

なお、その大庭についてはとっておきのエピソードがある。

それは、大庭がまだ1等陸佐で「菊水連隊」、すなわち大阪信太山の第37普通科連隊長時代の話だ。

大庭はこのポストにあった時、信太山駐屯地から「住之江公園まで」の、新年の記念行進訓練を実施している。

なお住之江公園の至近距離には、大阪護國神社があることはもちろん「無関係」である。

「無関係な話」で恐縮だが、大阪護國神社は信太山のお膝元にあり、先の大戦で戦没した大阪出身者の将兵をお祀りする神社だ。

しかしながら戦後、第37普通科連隊として護国神社を参拝した連隊長とその隷下部隊は皆無であった。

国を護るため、国の命令で命を散らした将兵に対する尊崇の念は、人として自然な感情だ。

しかしながら、様々な事情から自衛官はもとより、一般人でさえそのような感情を発露することは長年の間、非常に困難なことであった。

まして、現役の連隊長がそのような事は、とてもできるものではなかったので、そのような歴史は仕方のないことではある。

そのような中、大庭は「住之江公園まで」の新年記念行進の後、隷下部隊とともにたまたま偶然、近くにあった護国神社にもお参りをしたそうだ。

未確認の情報であり、また個人ブログの落書きなので決して本気にしないで欲しい。

非常に大庭らしいエピソードである。

なおこの時の状況を少し補足すると、この出来事は平成22年1月の話だ。

東日本大震災の前年である。

つまり、今ほどには自衛隊に対する理解が進んでおらず、その実施には相当な逡巡、あるいは圧力もあったことが容易に予想される。

いまでこそ、自衛隊の存在感は確かなものになったが、しかしそれは、東日本大震災以降のことであり、まだ10年にも満たない話だ。

そんな状況でも大庭は、組織として守るべき価値観、先人への敬意を体で示した。

自らの保身と栄進だけを考えれば、何の得にもならないにも関わらずだ。

自衛隊に対する理解が進んだ2019年現在でも、その実施にはかなりの英断が必要になるだろう。

そんな思いを貫き通した大庭の価値観、統率姿勢一つをとっただけでも、どれほどの指揮官であるのかが伝わってくるようなエピソードである。

ぜひ、大庭を理解する上で知っておいてほしい、1等陸佐時代の一コマであった。

では、そんな魅力をもつ大庭とは、これまでどのようなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。

少し詳細に、その経歴を見ていきたい。

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