小俵和之(おどら・かずゆき)|第31期・海上自衛隊

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小俵が海上自衛隊に入隊したのは昭和62年3月。

1等海佐に昇ったのが平成18年7月なので、1選抜後期(2番手グループ)での昇任であった。

その補職は多くの回転翼航空機の幹部がそうであるように、千葉県の館山と長崎県の大村が主になっている、

そして、両基地を拠点に東日本と西日本の各航空隊で現場経験を積み上げ、11年に渡る地に足がついた1等海佐としての知見を積み、29年12月に海将補に昇任。

その館山の責任者である第21航空群司令に着任している。

非常に頼もしいキャリアの持ち主である。


(画像提供:海上自衛隊第21航空群公式Webサイト

その小俵の経歴の中で、あえてひとつ目を引くものを上げるとすれば、やはり在シンガポール防衛駐在官のポストだろう。

シンガポールは、ご存知のようにマレー半島の先に浮かぶ小さな島国だ。

大きさは東京23区ほどで、人口はおおよそ500万人だが、予備役を含めると自衛隊に匹敵する20数万人規模の軍備を持つ。

イスラエル製の最新鋭装備も導入するなど、その軍事力は小規模であっても高度に近代化されており、また世界の要衝に位置し各国の利権が複雑に入り乱れる場所であることからも、国防意識は極めて高い。

また世界各国との軍事交流を深め、中立的な政治ポジションを維持することから、米トランプ大統領と北朝鮮の金正恩委員長による首脳会談の開催国に選ばれるなど、独特の存在感を放つ。

 

そんな事もあり、世界の軍用艦艇が頻繁に入港し、これら海軍士官との軍事交流が盛んに行えること、軍事情報の収集に非常に重要な意味を持つことからも、その防衛駐在官ポストは海自の指定席だ。

小俵もその一員として現地に渡り、軍人外交に活躍をしたが、その任期は平成18年から21年の3年間。

中国を始めとした東南アジア、オーストラリアまでを含め広くアジア地域で外交が激動した時代であり、小俵自身も、海自幹部として、非常に大きな役割を果たしたのではないだろうか。

 

最後に、その小俵と同期である31期組の動向について見てみたい。

なお31期は、最初の海将補が選抜されたのが2012年7月。そして最初の海将が選抜されるのが間もなく、2018年夏の将官人事となっており、誰が海将に昇るのか。

その候補とも言える幹部は以下の通りだ。

 

酒井良(第31期)・海上幕僚監部防衛部長(2012年7月)

園田直紀(第31期)・海上幕僚監部人事教育部長(2012年7月)

岩﨑英俊(第31期)・第2術科学校長(2012年12月)

乾悦久(第31期)・海上幕僚監部総務部長(2015年8月)

下淳市(第31期)・開発隊群司令(2015年12月)

小俵和之(第31期)・第21航空群司令(2017年12月)

横田友範(第31期)・補給本部副本部長(2018年3月)

※肩書はいずれも2018年6月現在、( )は海将補昇任時期。

 

以上のようになっており、まずは海将補の昇任時期から考えても、酒井、園田、岩崎の3名のうちから、最初の海将が選抜されるとみてまず間違いないだろう。

小俵については、航空部隊の現場でこれほどに活躍をしてきた幹部だ。

後職では航空集団の幕僚長に転じるか、あるいは地方隊での幕僚長に転じるなど、さらに活躍の場を広げていくことは間違い無さそうである。

少し気は早いが、その行方にも注目しながら、そして応援していきたい。

 


(画像提供:海上自衛隊第21航空群公式Webサイト

◆小俵和之(海上自衛隊) 主要経歴

昭和
62年3月 海上自衛隊入隊

平成
3年1月 第123航空隊
8年8月 第124航空隊
10年1月 3等海佐
10年3月 自衛艦隊司令部副官
11年3月 第121航空隊
13年7月 2等海佐
14年3月 海上幕僚監部防衛課
16年3月 第51航空隊
16年12月 大村航空隊飛行隊長
17年8月 東京業務隊付
18年5月 在シンガポール防衛駐在官
18年7月 1等海佐
21年9月 海上幕僚監部総務部総務課渉外班長
22年8月 海上幕僚監部人事教育部補任課服務室長
23年8月 第21航空隊司令
24年12月 第111航空隊司令
25年12月 第22航空群主席幕僚
27年12月 教育航空集団司令部幕僚長
29年12月 第21航空群司令 海将補

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