【退役】工藤天彦(くどう・たかひこ)|第28期・陸上自衛隊

工藤天彦は昭和36年3月生まれ、山形県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第28期卒業で幹候65期、出身職種は普通科だ。

平成30年3月(2018年3月) 陸上自衛隊小平学校長兼小平駐屯地司令・陸将補のポストを最後に退役が決まった。

前職は中央情報隊長であった。

情報科の将校として、一際大きな存在感を放った工藤であった。

頭号連隊長(第1普通科連隊長)や駐ロシア防衛駐在官を務めるなど、その経歴は極めて充実しており、28期組のエリート幹部の一人であった。

また最後の補職となった小平学校は、2018年3月の陸自大改革の際に情報・語学の教育機能が小平学校から独立し、情報学校として新編している。

2010年に情報科が正式に陸自の職種となったことにより、情報職種の充実した教育機関が不可欠になったことに依るものだが、工藤は自身の職種である情報科の最後の大仕事をやり遂げ、退役の日を迎えたことになる。

残念ながら、政治の怠慢もあって我が国の安全保障政策における情報系の分野は、国際的に見て立ち遅れていると言わざるを得ない。

工藤が経験した防衛駐在官も、本来であれば安全保障政策上もっとも重視されるべき情報政策であるにもかかわらず、ロシア担当の防衛駐在官はたった3名だ。

なおかつ、アゼルバイジャン、アルメニア、ベラルーシ、ウズベキスタン、トルクメニスタン兼補である。

我が国と世界の安全保障に極めて大きな影響があるロシアにたった3名の自衛官で、なおかつ6カ国の兼任は、もはやまともな軍人外交を放棄しており、情報収集の役割という意味では、どれほど優秀な幹部であっても満足な活動は難しいだろう。

これまで、自衛隊の活動における情報職種はこれほどまでに厳しい予算と人員の中で行われてきた歴史があった。

しかしそれも、2018年3月の陸自大改革で一定の変化を遂げていくことだろう。

情報学校の新編と、それに伴う情報科職種のより一層の役割の強化・拡大だ。

その大仕事に一定のめどをつけ、自衛隊を去ることになった工藤。

おそらく今、その胸中には「やり遂げた感」が去来しているのではないだろうか。

東京の桜は2018年、3月24日に満開が宣言された。

小平駐屯地は、正門を入ってすぐ右のところから、とても見事な桜並木が続いているが、おそらく工藤が自衛隊を去る3月27日、満開の桜が工藤の自衛官生活最後の日に、文字通り華を添えてくれることだろう。

長い間、本当にお疲れ様でした。

工藤陸将補の第二の人生が、更に充実した、素晴らしいものとなりますように。

【以上、2018年3月26日加筆】

※以下は2017年12月2日までに記してきた記事であり、最新の情報を反映していない。

情報科の将校として、極めて特別な存在感を放つ工藤である。

元々、出身は普通科であったが、自衛隊も軍事組織として、インテリジェンス部門が存在しない訳がない。

表向き、インテリジェンス活動に従事する組織や人員は、積極的にその存在を認めてこなかった経緯があるが、当然のことながら、そう言った仕事に従事する幹部や曹士は多数存在する。

その親玉であり、最高位にあるのが工藤であると言っていいだろう。

そもそも、陸上自衛隊には調査学校が存在し、やがて小平学校となっていく中で、情報科が職種として存在しないかのように組織運営をすることこそ無理があるというものだが、2010年になって漸く、正式な職種として認められた経緯がある。

その原因は、一部メディアの主導により国民の国防意識が高まってこなかった事に依るものだが、常習的に領海を侵犯され、またEEZ(排他的経済水域)に遠慮なくミサイルを撃ち込んでくる国家が近隣にある状況では、現実を認識せざるを得ない。

そのような中で、満を持して情報科が職種化し、その先頭に立ち様々なインテリジェンス任務をこなしているのが工藤であると言って良いだろう。

なお工藤は、情報科のトップエリートであることは間違いないポジションに居るが、退役まで陸将に昇ることは恐らく無い。

陸将補のまま自衛官人生を終えることになると思われるが、これは情報科の将校が、全軍を俯瞰する役割を期待されているというよりも、その職種における徹底したエキスパートになることを要求されている事によるものだ。

1選抜で1等陸佐に昇り、頭号連隊(第1普通科連隊)の連隊長まで務めた工藤だ。

陸将に昇るほどの指揮能力があり、全軍を俯瞰する知見があったであろうことは疑いようのないところだが、これもまた情報科将校の一つの在り方であり、最高幹部でありながら職人としてその道を極めることになる。

そういった意味で、陸上幕僚長レースには全く無縁であり、同期と比較をしても無意味だが、やはり28期と言えば2017年11月現在でもっとも「熱い」年次だ。

第36代陸上幕僚長である山崎幸二(第27期)の後任を排出することは恐らく間違いなのない世代なので、一応と言っては何だが、28期組のトップエリートであり、工藤の同期である次期陸幕長候補を以下に備忘しておきたい。

田浦正人(第28期)・北部方面総監 機甲科出身

住田和明(第28期)・東部方面総監 高射特科出身

岸川公彦(第28期)・中部方面総監 施設科出身

湯浅悟郎(第28期)・西部方面総監 普通科出身

岩谷要(第28期)・陸上自衛隊研究本部長 施設科出身

(※肩書はいずれも、2017年11月現在)

その人事予想については、下記のコラムで詳述しているので、ここでは割愛する。

よければ参考にして欲しい。

【コラム】次期陸上幕僚長人事予想|第37代・2017年10月予想

さて、そのような情報科将校としてのキャリアに彩られた工藤の自衛官生活だが、中でも印象的なのは、やはり平成15年(2003年)から3年間務めた、ロシア防衛駐在官のポストだろう。

当時の時代背景を考えると、ロシア初代大統領であったエリツィン氏が大統領を辞任し、プーチン大統領が第2代ロシア大統領に就任したのが2000年である。

工藤がロシアに赴任したのはその数年後にあたり、KGB出身であるプーチン大統領が本格的に活動を開始し、その後長きに渡り、絶大な権限基盤を固め始めた時期だ。

言ってみれば、この「明らかにヤバい」新しい指導者の動向と行動様式、そのブレーンの主義主張や考え方に関する情報を収集することが、工藤に与えられた任務であった。

冗談抜きで、下手すれば不審死しかねないポストであっただろう。

さすがにこの時期、工藤がどのような成果を持ち帰り、それが我が国の政策に活かされたのか。

それを明らかにするような資料はなく、あったとしてもまず見ることは不可能なことは間違いないが、世界の安全保障体制に極めて大きな影響を与えるこのロシアという国の、政情が不安定な時期に工藤はそのど真ん中にいたことになる。

情報科将校として、もっとも印象深い任務地の一つになったのではないだろうか。

職種の関係もあり、詳細なことはわかりにくい工藤だが、その活躍は、目立たないながらも我が国の平和と安全に直結する働きをこなしていることだけは確実な陸将補である。

いつものように、「注目して追っていきたい」などと言えば、逆に私が注目され追われる立場になりかねないが、それでもやはり、この言葉で締めたい。

工藤の活躍には注目し、今後も応援していきたい。

本記事は当初2017年7月24日に公開していたが、加筆修正が重なったので2017年12月2日に整理し、改めて公開した。

なお、ここから下の部分は2017年7月に公開した当時のものをそのまま残している。

ロシア駐在武官と言えば、やはり思い出されるのは、日露戦争の勝利に情報戦の分野で携わり、陸軍参謀本部参謀次長・長岡外史(当時)から「明石のあげた成果は、陸軍10個師団(20万人)に相当する」とまで称された明石元二郎が思い出される。

その明石がロシア駐在武官になったのが1902年。

そのちょうど100年後とも言える時期にロシアに赴いたのが工藤だった。

その工藤が、2017年7月現在で務めるのが陸上自衛隊小平学校長のポストである。

自衛隊の中でも極めて特殊な学校の一つだ。

陸自の情報担当職に対する扱いは近年ますますその重要性を増してきており、2018年3月には小平学校から情報教育部・語学教育部が切り離され、「陸上自衛隊情報学校」として分離・独立することが決まっている。

その過渡期において、混乱期のロシアに渡り数々の情報収集活動で実績を挙げた工藤が中央情報隊長から小平学校長の要職の中で、実際の組織づくりを担っている意義は大きい。

工藤の担当している仕事はまさにその情報に関する陸自の大改革ど真ん中にある仕事であり、我が国安全保障政策の根幹そのものと言える。

工藤に対する陸自と国民の期待は大きく、その活躍からは目を離せそうにない。

◆工藤天彦(陸上自衛隊) 主要経歴

昭和
59年3月 陸上自衛隊入隊(第28期)
60年3月 第46普通科連隊

平成
3年8月 富士教導団
6年8月 幹部学校
7年1月 3等陸佐
8年8月 第31普通科連隊(中隊長)
10年3月 陸上幕僚監部調査部
10年7月 2等陸佐
12年3月 調査学校付
13年3月 小平学校
13年8月 幹部学校付
15年1月 1等陸佐
15年6月 外務事務官(駐ロシア防衛駐在官)
18年8月 幹部学校教官
18年12月 第1普通科連隊長
20年8月 研究本部主任研究開発官
21年12月 研究本部教育訓練課長
22年4月 情報本部情報官
25年8月 北部方面総監部情報部長
26年8月 中央情報隊長 陸将補
28年7月 陸上自衛隊小平学校長兼小平駐屯地司令
30年3月 退役

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 小平学校公式Webサイト(顔写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/kodaira/gakkoutyou.html

防衛省 防衛白書公式Webサイト(会議写真、ロシア防衛駐在官寺内真寿1佐画像)

http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2010/2010/html/mc33d000.html

http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2012/2012/html/nc3281.html

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