小和瀬一(第14旅団長・陸将補)|少年工科学校第24期・陸上自衛隊

その小和瀬が陸上自衛隊に入隊したのは、先述のように昭和53年4月。

生徒出身者以外で、こんなに長く自衛隊の飯を食っている幹部などもはやいない。

いや訂正、正確には一人だけいる・・・。

統合幕僚長の河野克俊(第21期)だ。

っていうか、河野はそもそも昭和20年代の生まれである。

今や第30期の将官すら勇退が始まっているというのに、一体どういうことなのか。。

年が明ければ65歳になろうかという御年を考えると、もはや生きるレジェンドである。


(画像提供:陸上自衛隊第14旅団公式Webサイト 広報しこく第138号※PDF注意)


(画像提供:陸上自衛隊第14旅団公式Webサイト 広報しこく第140号※PDF注意)

それはともかく、小和瀬についてだ。

現場を知る幹部として、イラク復興業務支援隊などを経験し順調に昇任を重ねると、大隊長ポストは宮城県の第6戦車大隊で上番。

さらに連隊長ポストは、我が国の最精鋭機甲科部隊の一つである第2戦車連隊だ。

対ソ戦(対ロシア戦)の最前線を担うことを期待された同部隊には質・量ともに機甲科の戦力が集中しており、2018年12月現在では、74式、90式、10式の3世代主力戦車が我が国で唯一、配備されている部隊でもある。

機甲科の幹部として、もっとも栄誉ある連隊のひとつで連隊長に着任したことは、小和瀬にとってももっとも思い出深いポストの一つになったのではないだろうか。

そして平成26年3月には、思い出の地である陸上自衛隊高等工科学校長に着任し、同時に陸将補に昇任。

これ以上はないポストを任されるなど、印象深い要職を歴任した。

その間、中央(陸上幕僚監部)では人事課企画班長や総務課庶務室長、更には全軍を俯瞰する能力が求められる陸幕の監察官までも務める。

そして平成30年3月、第14旅団長に着任し、陸自大改革直後の旅団を預かり、理念を実践に落とし込む重要な任務に邁進し続けている。

まさに、生徒出身の誉れとも言うべき最高幹部として、これ以上はない活躍を続けている陸将補だ。

では最後に、その小和瀬と同期である31期組の動向について見てみたい。

31期組は、2018年夏の将官人事でまさに、1選抜の陸将が選抜されたばかりの年次にあたる。

そして2018年12月現在では、以下の幹部たちがその任にあたっている。

竹本竜司(第31期)・第1師団長(2018年8月)

沖邑佳彦(第31期)・第4師団長(2018年8月)

前田忠男(第31期)・第7師団長(2018年8月)

※肩書はいずれも2018年12月現在。( )は陸将昇任時期。

上記のようになっており、31期組についてはこの3名で、同期の陸幕長候補が出揃ったと考えてよいだろう。

本来であれば、4名が1選抜で陸将に昇任するのが慣例なのだが、2018年夏の将官人事では3名の陸将昇任に留まっているのが、31期組人事の特徴だ。

程なくして4人目が陸将に昇ると思われるが、あるいは陸自大改革の影響で、また人事の流れが少し変わったのかも知れない。

小和瀬については、恐らく後職で陸将に昇り、いずれかの師団を任されるか、あるいは相当職に着任することになるのではないだろうか。

生徒出身の最高幹部として、多くの同期の自慢であり、誇りであり、期待の星である小和瀬だが、それは同時に、国民からの多くの期待を担い、重い責任を負う立場であることも意味する。

しかしながら、その任務も後ひとつか2つのポストで、制服を置くことになるのではないだろうか。

そしてまた、肩書も階級章も外したタチの悪い悪童に戻り、40数年の時を超えて同期たちと旨い酒を飲み、奥さんや子供、お店の人を困らせることになるのだろう。

その未来はまだもう少し先にありそうだが、そんな小和瀬の活躍にはこれからも注目していきたい。

そして、心から応援していきたい。

※文中、自衛官および関係者各位の敬称略。


(画像提供:陸上自衛隊第14旅団公式Webサイト 広報しこく第138号※PDF注意)

◆小和瀬一(陸上自衛隊) 主要経歴

昭和
53年4月 陸上自衛隊入隊(陸上自衛隊少年工科学校)

平成
年 月 イラク復興業務支援隊
10年1月 3等陸佐
13年7月 2等陸佐
17年8月 第6戦車大隊長
18年1月 1等陸佐
18年8月 幹部学校付
19年8月 統合幕僚学校
19年12月 陸上幕僚監部人事課企画班長
21年12月 第2戦車連隊長
23年4月 陸上幕僚監部総務課庶務室長
25年4月 第4師団幕僚長
26年3月 陸上自衛隊高等工科学校長 陸将補
28年3月 陸上幕僚監部監察官
30年3月 第14旅団長

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