佐藤幹彦(さとう・みきひこ)|第39期・第6特殊武器防護隊長

その佐藤が陸上自衛隊に入隊したのは平成7年3月。

防衛大学校第39期で、言うまでもなく化学科の幹部だ。

原隊(初任地)は練馬に所在する第1普通科連隊第2中隊であり、同地で初級幹部として、厳しい自衛官生活のスタートを切った。

(画像提供:第6特殊武器防護隊公式Webサイト

(画像提供:陸上自衛隊第1ヘリコプター団公式Webサイト

その後職種部隊では、旭川に所在する第2師団司令部付隊化学防護隊を経て、相馬原の第12旅団司令部付隊化学防護小隊で小隊長に上番。

さらに化学防護隊の「総本山」とも言える中央特殊武器防護隊に転じて、第101化学防護隊隊本部後方幹部、隊本部第4科長、隊本部第2科長と要職を歴任する。

またその間、スタッフや幕僚のポジションでは、化学学校教務部、第6師団司令部第4部化学幹部、富士学校普通科部第1戦技班教官の他、化学学校では企画室での勤務も経験した。

また少し変わったポストでは、平成25年3月から内閣府遺棄化学兵器処理担当室でも任務にあたっているが、これは中国大陸における戦後処理の一環で、同地に遺棄した化学兵器の廃棄処理にあたる部署だ。

そして29年8月、大宮に所在する化学学校で教導隊長を務めると、その後職として31年3月から、神町駐屯地に所在する第6特殊武器防護隊長に着任している。

NBC対応のスペシャリストであり、非常に頼りになる、我が国の最後の砦を守る幹部自衛官の一人である。

ところで冒頭から、福島原発での活躍や中国大陸での遺棄化学兵器の処理など、化学科のどちらかという特別な任務ばかりをお話してきたが、実は化学科は、私たち国民の非常に身近なところでも活躍している。

例えば西日本豪雨の際の災害派遣だ。

大雨による災害後には、やはり高温多湿の環境下における各種病原菌などの蔓延と環境の悪化が懸念される。

多くの人が十分ではない施設に集中する避難所生活でも、トイレを始めとして様々な病気やウイルスが広がる条件が揃うことになる。

このような現場で、不衛生な現場に先回りし、消毒や防汚対策を施し、コッソリと私たち国民の健康を見守ってくれるのもまた、化学科の役割だ。

また鳥インフルエンザや、現在進行系の豚コレラによる家畜処理の現場でも化学科の隊員はもちろん活躍している。

縁の下の力持ちではあるが、しかしこの職種部隊で働く幹部曹士の活躍は国民の生命と安全を確保する上で欠かせない任務ばかりだ。

ぜひ、災害派遣等何かのきっかけに化学科の幹部曹士のみなさんと接する機会があれば、

「いつもお疲れ様です、ありがとうございます!」

と、声を掛けて欲しい。

国民一人ひとりからの声援こそが、彼ら・彼女らの何よりの元気の元になるだろう。

では最後に、その佐藤と同期である39期組の人事の動向について・・・

ご紹介したいところなのだが、39期組は2020年夏の将官人事で、最初の陸将補が選抜される年次だ。

そのためそのご紹介は割愛し、新たに陸将補が選抜された頃あいに加筆をしていきたい。

いずれにせよ、佐藤を始めとした39期組の幹部は、この先2030年代にかけて我が国の平和と安全を守り抜く、中心になって活躍していく世代である。

その活躍には今後も注目し、応援していきたいと願っている。

※文中、自衛官および関係者各位の敬称略。

(画像提供:第6特殊武器防護隊公式Webサイト

◆佐藤幹彦(陸上自衛隊) 主要経歴

平成
7年3月 陸上自衛隊入隊(第39期)
8年2月 第1普通科連隊第2中隊(練馬)
9年8月 化学学校教務部(大宮)
12年8月 第2師団司令部付隊化学防護隊(旭川)
14年3月 第12旅団司令部付隊化学防護小隊小隊長(相馬原)
17年3月 第6師団司令部第4部化学幹部(神町)
19年3月 中央特殊武器防護隊第101化学防護隊隊本部後方幹部(大宮)
20年3月 中央特殊武器防護隊隊本部第4科長(大宮)
20年8月 中央特殊武器防護隊隊本部第2科長(大宮)
22年8月 富士学校普通科部第1戦技班教官(富士)
25年3月 内閣府遺棄化学兵器処理担当室(霞ヶ関)
28年3月 化学学校企画室(大宮)
29年8月 化学学校教導隊長(大宮)
31年3月 第6特殊武器防護隊長(神町)

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